冤罪の証拠01~動機
1.袴田さんに動機はあったのか?
確定判決(一審静岡地裁判決)には、袴田さんの自白調書の信用性の有無を検討した部分に、動機について次のような記述があります。
被告人は、本件犯行の動機に関して、母と子供と三人一緒に住むための、アパートの敷金・権利金にする金が欲しかった、月末になると、集金した金を袋に入れて専務が家に持って行き、仏壇の前の辺りにおいてあるのを見たことがあるので、これを窃ろうという気になった旨述べている。
そして、これに関連するいくつかの証拠を挙げた上で、この自白内容は信用できると認定しました。
また、情状を検討した部分では次のようにも述べています。
本件犯行は、被告人の放縦な生活態度から妻とも離別することとなり、夫婦間の子供を引取らざるを得なくなり、昭和四二年末(※四〇年末の誤り)これを実母の許に預け、毎月養育費を同人に送金することとしていたがそのため母と嫂とがとかく円満を欠くようになり、母と姉から一戸を借受けて子供を引取るようすすめられたものの、もともとふしだらな生活を続けていたため、家を借りるための敷金などはもとより小使銭も十分でなく、同年六月中旬勤め先の会社から一万円前借する始末であったので、金銭に窮した末、纏った金ほしさに企てたことによるものであって、その動機において些かも同情すべき点はない。
事件当時袴田さんに夫婦間の問題があり、子供を実家に預けていたことは事実です。また、会社からそれほど高い給料をもらっていたわけではないので経済的に多少苦しかったことも事実でしょう。しかし、そうした事実があったにせよ、そのことが、中学生と高校生の子供2人を含む4人の人間を刃物で数十回も突き刺し放火までして殺害するという残忍極まりない犯行に及ぶ動機になるとは常識では考えられません。
裁判所の認定にもあるとおり、袴田さんは会社から給料を前借することもできたのですから、仮に家を借りるためのお金が必要だったとしても、専務に相談することはできたはずです。もちろん専務やその家族に対して袴田さんが怨みを抱いていたような形跡は全く見当たりません。
さらには、袴田さんの実家では、事件の2か月ほど前に父親が中風の発作を起こして倒れたため、母親は寝たきりの夫を残して家を出て、袴田さんと孫の3人で暮らすことなどとてもできる状況ではありませんでした。
2.動機と犯行計画のつながりに合理性はあるのか?
また、確定判決にはこうも書かれています。
当裁判所は、検察官が主張する事実のうち、次の事実については、証明が尽された、との結論に達した。
即ち、「被告人袴田巌は、昭和四一年六月三〇日午前一時すぎ頃、金員窃取、しかも若し家人に発見された場合には、家人を刃物で脅かしてでも金員を奪取しようとの意図をもって、くり小刀を所持して、A(※専務)方に侵入した」
仮に、「母親と子供と3人で暮らす家を借りるためにまとまったお金が必要だった」という動機それ自体に不合理な点はないとした場合でも、裁判所が「証明が尽された」とした上記事実、特に犯行計画との関連で見たとき、その動機がいかにも不合理であることはすぐにわかります。
住み込み従業員だった袴田さんは、会社の上司である専務と顔見知りだっただけでなく、日頃から食事は専務宅で摂っていたので専務の奥さんや子供たちとも顔見知りでした。そうであれば、盗みに入ることが絶対にバレない状況がなければ、そもそも専務宅に侵入して金を盗もうなどと計画するはずはありません。
なぜなら、仮に袴田さんが盗みに入ったところを専務宅の誰かに発見された場合、裁判所の認定によれば、袴田さんは必ず「家人を刃物で脅かして」金を奪うことになるはずです。でも、もしそうなった場合には、刃物で脅して首尾よく金を奪って逃げたところで、袴田さんが余程上手に変装でもしていない限り、刃物で脅された人は、袴田さんが犯人だとわかり、直ちに警察に通報して、袴田さんはあっという間に御用となってしまいます。捕まるのがいやなら逃走するほかありませんが、それでは母親と子供と3人で暮らすという当初の目的は夢と消えてしまうどころか、職を失うことはもちろん、家に戻ることすらできなくなってしまうでしょう。
そして、事件当時専務宅には専務と奥さんと子供2人がいることを袴田さんは知っていた(少なくとも専務宅には誰もいないという確実な情報を得ていたわけではなかった)のですから、盗みに入ることが絶対にバレない状況などではありませんでした。増してや、皆が寝静まった深夜1時過ぎに家の中を物色すれば誰かに気付かれる危険性は大いにあり、そんなことは少し考えれば袴田さんにもわかったはずです。もちろん当時袴田さんが変装していた事実も証拠も全くありません。
要するに、盗みの現場を家人に発見されたが最後、口封じのために殺害する以外、袴田さんが専務宅から金を奪い、その金で家を借りて母親と子供と3人で暮らすという目的を達成することはできないことになります。したがって、袴田さんは初めから殺人を念頭に置いた犯行計画を立てざるを得ませんが、その様な犯行計画を立てていたことを窺わせる証拠はありませんし、常識的に考えれば、その目的(動機)のために、そこまでの危険を犯すことは全く割に合いません。そして当時の袴田さんがそうした常識的な判断ができなくなるほど切羽詰った状況に追い込まれていたわけでもありません。
もし裁判所が認定した動機に間違いがなければ、普通の判断能力がある人なら、殺人を念頭に置いて顔見知りの専務や奥さんが寝ている家に侵入して金を奪うという犯行計画は立てません。面が割れていない家を狙うか、少なくとも専務宅に人がいないときを狙うでしょう。にもかかわらず、袴田さんがその犯行計画を立てて実行までしたというのであれば、動機は裁判所の認定とは全く違うところにあることになります。いずれにせよ、動機に関して裁判所は事実誤認をしているわけです。
(袴田巖さんの再審を求める会HPより転載)