袴田事件弁護団は、再審請求審で検察官に開示させた捜査段階の取り調べを録音したテープの解析を進めてきた。その分析鑑定を集大成した鑑定意見書を東京高裁に提出したことを、21日公表した。弁護団から依頼され、鑑定意見書を作成したのは、浜田寿美男(奈良女子大学名誉教授)氏。浜田氏は、自白の心理学的研究の第一人者で、袴田事件の公判で以前にも「供述調書」の分析鑑定書を出している。録音テープは2014年秋に静岡県警の倉庫で発見されたというもので、2015年1月に新たに証拠開示された。今回、録音テープの音声と供述調書の内容とを対比させている。録音テープは、トイレに行かせずに自白の強要を続け、挙句の果てには便器を取調室に持ち込んで目の前で用を足すようにさせている様子などが確認されている。その人権侵害については、すでに弁護団から公務員特別暴行陵虐罪と特別公務員職権濫用罪であるとして再審請求の理由の一つに加えて高裁に訴えているところだ。
浜田氏は、初めて自白させられた供述調書と録音との食い違いに着目。調書では、捜査官に説得され涙ながらに自白したように書かれているが、録音にその場面はないと指摘する。前回の鑑定では、供述調書の証拠として採用されなかったものを含めて分析し、調書の内容が次々と変わって行くことなどから、調書は有罪の証拠ではなく、逆に無実を証明していると結論付けていた。今回、録音テープの分析を加えて、「有罪と言う判断に合理的な疑いをさしはさむ」証拠となる。浜田氏は、長時間にわたる過酷な取り調べが、無実の被疑者を云われなき「自白」に追い込み原因となったと鑑定している。
心理学者の浜田氏は著書で、無実の被疑者が罪を認めれば死刑になるとわかっていても、何故「自分がやりました」という虚偽の自白をしてしまうのか、その心理を探っている。罪を犯した人は自分に迫る死刑を予測実感しているが、無実だと自分が死刑になるとは実感しにくい。またその場で殺されるわけではなく将来のことだから余計に実感しにくい。肉体への直接的暴力がなくとも、取調と言う名の強要で責め続けられ、脅しすかされると、誰でもウソの自白でその場逃れをしようとすると説明している。いわば、広い意味での緊急避難だ。「取り調べ」といってもただ「お前がやった!、はけ、はけ!本当のことを言え!」という繰り返しが延々と続くだけ、時に強圧的で過酷な調子になると、ほとんどの人は「自白」してしまう。警察官の中には「一日あれば誰だって落とす自信がある」などと嘯(うそぶ)く悪者もいる。
第1回目の鑑定書は、裁判官が無視。証拠を分析評価するのは裁判官の仕事、だから門外漢が意見を出すなどと言うのは許せん、というのが本音だろう。しかし、浜田氏の研究成果は一読するだけでも「目から鱗が落ちるとはこのこと」というほど説得力がみなぎっている。誰が見ても卓見。心理学を刑事司法に応用すると、実に証拠が生き生きと有罪か無罪かを判定してくれることに驚く。裁判官の教育に「犯罪心理学」を取り入れると、判決の合理性に磨きがかかるというものだ。