free-iwao | 袴田さん支援クラブ

袴田さん支援クラブ

袴田巖さんに再審無罪を!

Author: free-iwao (page 1 of 6)

4/20 第20回袴田事件がわかる会

お出かけ下さい、4月20日 第20回袴田事件がわかる会

日時:4月20日(土)  1:30~4:00

会場:浜松市復興記念館  (浜松市中区利町304-2)

ゲスト:袴田秀子さん

袴田事件といえば、姉ひで子さん!

無実の弟を救うために全国を訴え歩いて半世紀余。

その凛と立ち、常に前向きな姿に、ファンが多いひで子さんです。

小川秀世さん

日弁連袴田事件弁護団 事務局長

最高裁へと持ち越された再審請求審。争点の中心、五点の衣類が捜査当局のねつ造品でしかないことを鋭く指摘してきた弁護団の論客として再先頭に立つ方が、小川先生です。

毎月開催 ・ 入場無料 ・ 申し込みは不要です。

直接、会場にお来しください。  浜松駅から徒歩5分です

主催:キッチンガーデン 袴田さん支援クラブ   http//free-iwao.com

連絡先  Email: info@kitchengarden.org     ☎   090-2342-2309

2018年ブログ集『いっしょにご飯が食べたくて』が出来上がりました

この度、2018年度のブログ集『いっしょにご飯が食べたくて』を作成致しました。袴田家の日常に寄り添い、家族のようになっている筆者。50年以上闘い続ける気丈な85歳の姉が82歳の精神を病んだ冤罪被害者の弟を守り慈しむ人生の記録でもあります。
袴田事件について、あるいは裁判の状況については、書籍や映像、ネット上の記事などで論陣が張られています。が、巖さんと姉の秀子さんの暮らしぶりや正義を希求する姿は知られざるところです。そこあるドラマの数々を、ユーモアたっぷりに紹介しています。

希望者には、印刷製本実費の千五百円(送料は別途五百円)でお送りします。本ホームページの【お問い合わせ】からご注文してください。

2/16、姉の秀子さん、86才の誕生パーティ

お誕生日おめでとう

まずは、毎日新聞(2/17)の記事から

袴田事件
元被告の姉・秀子さんの誕生日会 浜松で支援者ら祝う /静岡
1966年に静岡市で起きた「袴田事件」で死刑が確定し、2014年に静岡地裁の再審開始決定で釈放された袴田巌元被告(82)=最高裁に特別抗告中=の支援者が16日、今月8日で86歳となった袴田さんの姉、秀子さんの誕生日会を浜松市中区で開いた。弁護団事務局長の小川秀世弁護士や「袴田事件」をテーマにしたドキュメンタリー映画などを手がける金聖雄監督ら40人以上が出席した。

小川弁護士は、昨年6月に東京高裁が地裁の再審開始決定を取り消したことに触れ「こんなに大勢の人が支援をしてくれる。弁護団としても、早期の再審無罪をという思いがさらに強くなった」とあいさつ。金監督は「秀子さんの生き方にほれて映画を撮るようになった。秀子さんを見ていたら、絶対最後はハッピーエンドになるに違いないと思っている」と話した。袴田さんは不参加だった。

秀子さんはこの日、10年ぶりに着たというドレスで登場。支援者らの前で数曲を熱唱して会場を沸かせ、「昔は誕生日会なんてやったこともなかった。本当にありがとうございます」と笑顔で話した。【古川幸奈】

 

主催は、キッチンガーデン袴田さん支援クラブ、第18回袴田事件がわかる会でした。

半世紀以上も闘い続けてきた秀子姉さんの慰労を、との思いです。

これまで、袴田事件がわかる会に参加された方々が集まってお祝いしました。

 

お出かけ下さい、3月16日 第19回袴田事件がわかる会

お出かけ下さい、3月16日 第19回袴田事件がわかる会

日時:3月16日(土)  1:30~4:00

会場:浜松市復興記念館  (浜松市中区利町304-2)

ゲスト:袴田秀子さん

袴田事件といえば、姉ひで子さん!

無実の弟を救うために全国を訴え歩いて半世紀余。

その凛と立ち、常に前向きな姿に、ファンが多いひで子さんです。

新田渉世さん

新田さんは、元東洋太平洋バンタム級チャンピオン。

現在日本プロボクシング協会理事、事務局長、  川崎新田ボクシングジム会長です。新田さんは獄中の巖さんとの面会も果たしており、当時の巖さんを知る数少ない方で、その貴重なお話も伺います。東京から駆けつけてくださいます。

毎月開催 ・ 入場無料 ・ 申し込みは不要です。

直接、会場にお来しください。  浜松駅から徒歩5分です

主催:キッチンガーデン 袴田さん支援クラブ   http//free-iwao.com

連絡先  Email: info@kitchengarden.org     ☎   090-2342-2309

 

袴田事件における証拠ねつ造

『法学館憲法研究所報』第19号(2018年11月)より転載

袴田事件弁護団事務局長の小川秀世弁護士による東京高裁の再審開始棄却決定も致命的欠陥を突く論考。

ここをクリックhttp://free-iwao.com/wp-content/uploads/2018/12/flameup.pdf

12月22日(土) 第16回袴田事件がわかる会

お出かけください

第16回袴田事件がわかる会

日程 : 12月22(土)  1304:00

会場 :   浜松市復興記念館  浜松市中区利町304-2

ゲスト : 袴田 ひで さん

袴田事件といえば、姉ひで子さん!

無実の弟を救うために全国を訴え歩いて半世紀余。

その凛と立ち、常に前向きな姿に、ファンが多いひで子さんです。

      笠井千晶さん (ジャーナリスト)

テレビ報道記者勤務を経て独立後、撮影・編集までを手がけるテレ

ビ・映画のドキュメンタリーを制作。

長期に渡って取材を続ける袴田事件では、2014年、袴田巖さん

の釈放時に姉秀子さんに同行。

釈放直後、ホテル内での様子をも映像に記録、報道する。

NNNドキュメント「我、生還す -神となった死刑囚・袴田巖

の52年-」制作、今年10月に全国放送となった。

2018年 第5回 山本美香記念国際ジャーナリスト賞受賞

(映画「Life 生きてゆく」)はじめ受賞作品多数。

 

毎月開催 ・ 入場無料 ・ 申し込みは不要です。
直接、会場にお来しください。 浜松駅から徒歩5分です。

主催:キッチンガーデン 袴田さん支援クラブ

連絡先  Email: info@kitchengarden.org     ☎   090-2342-2309

それでもスネの傷はなかった!

大島決定著しく正義に反する重大な事実誤認!最高裁は直ちに再審開始を!

 

2018年6月11日東京高裁大島裁判長は、静岡地裁村山裁判長の再審開始決定を取り消し、40年前の死刑判決を維持するとんでもない決定を出しました。この決定は本田教授によるDNA鑑定の『手法が信用できない』として、40年間積み上げてきた弁護団による無罪の証拠をことごとく排除し、検察の主張を一方的に認める著しく偏ったものです。

 

静岡地裁の決定では『捏造の可能性』まで指摘された「5点の衣類」の数々の疑問に対し、検察すら言っていない『捏造するのであれば袴田が普段はいていた寸法に合わせるはずだ』とか『ズボンの損傷が不自然なのが自然』で『捜査機関が捏造するのなら、わざわざ不自然なやり方をするとは考え難い』と何の根拠もなく検察の主張を補強しています。そしてこのような偏見と思いこみによって『捜査機関にはパジャマでの犯行という、供述と矛盾する捏造をする動機がない』と静岡地裁の決定と180°異なる結果になるのは当然だと言えます。まさに弁護団が指摘するように『初めに結論ありき』で検察の意見を丸写しの決定で、無実の人を死刑にするかもしれない(検察の主張に合理的な疑いがないか)という恐れと真摯な態度が全くうかがわれません。高齢の袴田さんと家族にとって一日千秋の日々をもて遊び、裁判官の責任を放棄した、こんないい加減な決定で袴田さんは再拘束され、死刑が執行される道がまた開かれてしまったのです。

 

全文で123ページのこの決定文は57ページまでがDNAに関する記述で、当然DNA鑑定などしたこともない裁判官にとって借り物の議論でしかないわけですが、他の個所も根拠のない憶測と机上の空論によって他人(検察)の言葉を自分の意見のように述べているだけのものです。1つ1つこれらに反論し事実を積み上げていく中で、刑訴法411条第3項『重大な事実誤認』があって高裁決定を破棄しない限り、『著しく正義に反する』ことを明らかにしていくことが必要です。ここでは私たち「浜松 袴田巌さんを救う市民の会」が注目してきた『すねの傷』の部分だけ紹介したいと思います。

 

 

/11東京高裁決定より

◆「すねの傷」に関する部分の記述(全文)

《P72下から2行目よりP74上から4行目まで》

なお、弁護人は、○○(専務)との格闘の際に向う脛を蹴られたとの自白に相応するように事件後の昭和41年9月8日には袴田の右下腿前面に比較的新しい打撲擦過傷が認められ鉄紺色ズボンの右足前面のかぎ裂き様の損傷があった旨認定している所、同年7月4日に〇〇(山田医院)で受診した際の記録や同年8月18日に実施された身体検査の調書にも記載がなく、そのような傷は、逮捕時の袴田には右足すねの傷は存在せず、その後に生じたものであることが明らかになったとし、袴田の自白は事実に反するもので、このことは鉄紺色ズボンの損傷は、その自白に合わせて捏造されたものであることをうかがわせるという。しかしながら傷の成因は別としても、袴田の右下腿部には本件発生日から打撲擦過傷痕があったこと自体は、確定審において袴田自身が一貫して認める供述をしているのであって、同年7月4日に医師の診療を受けた際や同年8月18日の逮捕直後の身体検査においては、袴田の申告や供述から容易にわかる顔部や腕部等にある傷であれば医師や係官が見逃すはずはないとはいえるものの、袴田を全裸にでもしない限りはズボンに隠れている場所の傷まで発見することは困難であって、診療の目的や逮捕直後の身体検査の所要時間等から見て、そこまで徹底した検査が行われたとは考え難く、所論のような根拠で、逮捕時の袴田の右すねに傷がなかったとは言えない。また、鉄紺色ズボンの損傷が蹴られた際に出来たものであるかのような控訴審判決の認定については、通常〇〇(専務)が裸足であればもちろん、仮に靴を履いていたとしても、〇〇(専務)に蹴られることによってカギ裂き様の損傷がズボンに生じるという可能性は低いことや、傷の形状とズボンの損傷の形状が必ずしも整合しているともいえないことから疑問がある。そうであるとしても、控訴審判決は、自白と鉄紺色ズボンの傷が適合する旨を補足的に述べたにとどまっている上、鉄紺色ズボンの損傷の成因は、家屋への進入の際や犯行の際の何らかのものとの衝突・擦過を始め種々のものが考えられるのであって、鉄紺色ズボンと本件の結びつきが否定されるものではない。また、仮に、捜査機関が鉄紺色ズボンを犯行着衣として捏造するのであれば、通常何かに引っ掛けた際に出来るカギ裂き様の損傷や成因が自白でも説明されていない損傷を数か所もズボンに作るなどということは考え難い。結局、弁護人の主張は採用できない。(   線、太字は筆者)

 

それでも『すねの傷』はなかった!!

◇無知と偏見、あまりにもひどい大島決定の内容

私たち浜松袴田巌さんを救う市民の会は東京高裁の控訴審の段階で事件直後や逮捕時の記録の全てに『すねの傷』がないことを発見し、「冤罪の証拠その5すねの傷の真実」をホームページに載せ(*1)DVDを作成し、『すねの傷』が逮捕後に出来たものであることを明らかにしてきました。6/11大島決定では123ページにのぼる全文で3分の1をDNAの不毛な科学論争に終始し、たった1ページと数行(上記)をこの問題に割き反論している。ぜひもう一度私たちの文章と見比べていただきたい。

 

8月18日の逮捕当日、3回の身体検査ですねの傷を発見できなかった言い訳は検察の意見書と全く同じです。しかしながら、この決定文がひどいのは検察の稚拙な弁解を擁護するだけでなく、検察すら言っていない「全裸にでもしない限り…発見は困難である」と言い切っている事です。裁判所が出す身体検査令状の意味を裁判所自ら否定するものです。写真や指紋を取るだけなら令状は必要なく、わざわざ裁判所が許可して令状を出すのは、事件と関係する傷などを徹底的に調べるために、身体検査を行う必要があるからです。刑訴法218条第2項は身体検査令状は被疑者を裸にすることを前提に書かれています。小学校の身体検査でさえ、パンツ1枚で行われるのが常識なのに、一家4人殺し、強盗放火事件である本件でズボンをはいたまま身体検査なるものを行ったなどとは到底考えられません。事実、事件発生と同じ昭和41年、選挙違反や駐車違反などで逮捕された女性が全裸にされ、陰部まで調べられ、それが人権問題になっているという資料(*2)を私たちは確認しています。裁判官自身の無知とありえない空想による結論が「すねの傷はなかったとは言えない」であって、裁判官が自信を持って「すねの傷はあったとは言えない」ことは明らかです。大島裁判長、それでも袴田さんを死刑にしますか?

 

◇裁判所は検察の味方か?裁判官に良心はあるか?

さらに決定文は控訴審判決での「専務に蹴られたすねの傷」のくだりを矮小化して、補足的に述べているだけだと言っていますが、東京高裁の控訴審判決文はこう述べています。

 

「パジャマを着て犯行におよんだとする点等に明らかな虚偽があるが、この点については味噌タンク内の衣類が未発見であるのを幸いに被告人が捜査官の推測に便乗した形跡があり、これを根拠に調書全体の信用性を否定するのは相当ではない。専務との格闘の際に腿や向こう脛を蹴られたとの自供内容に相応するように事件後の9月8日には、被告人の右下腿中央から下部前面に4か所の比較的新しい打撲擦過傷が認められたうえ、事件後1年2か月経った頃発見された鉄紺色ズボンには右足前面に2,5cmx4cmの裏地に達するカギ裂きの損傷があった。」(1976年5月)

 

今回の高裁決定文の特徴は「…に疑問がある」と一見弁護団の主張を取り上げるふりをしながら「そうであるとしても」という形で40年という歳月を経るなかで新たな矛盾を積み上げてきた再審の流れをすべて否定して、40年前に時計を撒き戻すという全く許すことができないひどい内容です。無実の人を死刑にするかもしれないという真摯な態度のかけらもない軽薄な文章に怒りがこみ上げてきます。

 

中学生程度の国語力の持ち主なら、確定判決の「自供内容に相応するように」は「打撲擦過傷が認められたうえ」と「かぎ裂きの損傷があった」の両方に対等に掛かる文(並列)だということが理解できます。これのどこが「補足的に述べたにとどまっている」と言えるのでしょうか?公判で袴田さんと事件を結びつける証拠が何もなく、犯行着衣の訴因の異例の変更によって、供述調書の信用性、任意性が大きく揺らぐ中、唯一袴田さんの供述の信用性を裏付けるのがすねの傷であったのです。

 

そして5点の衣類のズボンに残る傷はこの時できたものであるとすることが重要でした。決定文が言うように何かの途中で衝突,擦過したものであれば犯行着衣としては認定し難く、殺人と放火の現場の混乱する状況下で偶然すねの傷と同じ場所に、それを類推させるようなズボンの損傷が、全く関係ない移動中の事故によってできること自体あり得ないからです。確定判決文ではズボンの損傷がすねの傷に相応しているかのごとき表現をすることで、すねの傷との関連を印象付け、その結果鉄紺色ズボンが犯行着衣として認定され、袴田さんの自白が真実であるとされたのでした。この文脈から少なくとも5点の衣類が発見されて以降、50年近くズボンの損傷は専務との格闘の際に出来たものであるとの認識を弁護団も疑うことは有りませんでした。

 

それなのに今回、検察が言ってもいない他の場所で出来た可能性を、裁判官が検察の主張を正当化するために持ち出すことに驚きを禁じえません。それは検察の矛盾に助け舟を出すに等しい事です。検察と裁判所がグルになったらもうこれは裁判ではありません。この大島決定の性格は本田鑑定を否定することで他の矛盾に目をつむり、検察の主張を代弁するひどいものですが、すねの傷についても全く同様でお話になりません。

 

◇憲法第38条;違法な取調べでの自白は証拠にならない!

裁判所も検察官同様、ことあるごとに「確定審において袴田自身が一貫して認める供述をしている」「自白でも説明されていない損傷」などと、自らの主張の正当性のために、自白をゆるぎない前提のように持ち出します。しかしながら、裁判官自身がこの決定文の中で逮捕後の異常な取調べを認め「自白の任意性、信用性に疑問」としている自白は、平均で1日12時間以上にも及び、トイレにも行かせないなど違法な取調べの結果引き出されたものでした。しかも45通のうち44通は自白に任意性がないといって取り上げられなかった支離滅裂なものでした。

袴田さんを何としても殺人犯に仕立て上げようとする検察はともかく、検察の主張に合理的な疑いがないかを判断するべき裁判官が、信頼性のない自白をタテに論理展開をすることは自己矛盾で、絶対にしてはいけないことです。

 

本当に袴田さんは公判の過程ですねの傷を一貫して認めていたのでしょうか?

事件当夜6月30日に負傷して、警察官が初めてすねの傷の存在を知ったという9月6日は傷が出来てから68日後になります。一般に肉が露出するほどひどい擦過傷を負ったとしても、2か月以上経過すればかさぶたも取れ、ほとんど傷が判別できないくらいに回復します。事実、袴田巌さんは2017年7月13日に自宅近くの公園の10数段の階段から転倒して転げ落ち、顔面強打で腫れ上がり、下腿の擦過傷は肉が露出するほどひどく、救急車で浜松医療センターに入院することになりましたが、2週間ほどでほぼ完治しました。この時袴田さんは81歳、30歳の袴田さんならばもっと回復は速かったと推測されます。

事件後68日経っても存在していた傷は、逮捕時まで全く発見されなかったミステリーは不問にするとして、自白をした時点ではほぼ完治していたと思われます。傷を負った直後の痛みはそれなりに記憶にとどめることはできても、完治していく傷の存在を人はどこまで記憶にとどめることが出来るのでしょうか?

9月6日に8,5cmあった傷が2日後には3,5cmに縮み、しかもすねの傷とズボンの損傷との関連が問題になるのは、1年2か月後、5点の衣類が発見されて以降です。袴田さんは自身の認識として、右手中指の傷と右肩の傷は消火作業の途中で負傷したと自覚し公判でも述べています。すねの傷に関しては上記のような理由で、記憶に不確かなまま、一連の行動の中で負傷したものと判断したとしてもおかしくはありません。公判の場で記憶にないものを答えようとして述べたことが「一貫して認めていた」とされたのです。

 

さらに検察は供述調書を取り上げて「臨場感を持ってこれがその時の傷ですと袴田が証言した」といっていますが、排除された警察官による員面調書に証拠の価値は全くありません。自白にしても、開示された録音テープには調書を棒読みさせられる袴田さんの声は残っていますが、自白に転ずる瞬間の録音だけはありません。結局、すねの傷に関しては自白以外に物証はなく、違法な取調べの結果、自白を強制されたもので、警察官の作文(9・6調書1961丁)を見せられても到底信用できません。

 

◇2回の診察での重大な事実誤認=検察の意見書丸写しの誤り

大島決定には重大な事実誤認があります。すねの傷について、まともに検証することなく検察の意見書をそのまま書き写しただけの決定文は、『袴田の申告や供述から…』と7月4日及び8月18日に袴田さんが申告や供述をしたかのように言っていますが、事件とは無関係の袴田さんが逮捕前の診察で申告や供述をする理由がなく、そもそも7月4日の山田医院の診察は、前日に浜北の実家近くの福井医院で中指の治療をした袴田さんにとって不要なものでした。

折しも7月4日は「容疑者に従業員H浮かぶ」と毎日新聞がスクープをした日です。清水に戻った袴田さんは同僚に強く勧められ、山田医院の診察を受けるのですが、そこに被害者の解剖をした警察医鈴木俊次がいて、鈴木医師自ら創傷検査を行い「傷はすべて見た」と公判で証言し、カルテにも記載されましたがその中に「すねの傷」はありません。福井医院の診察では「金物のような鈍い物」という見立てが、山田医院の診察では「鋭利な刃物の可能性」になり、事件との関連を示唆する重要な証拠になるのです。

この事実から鈴木医師は明らかに証拠になることを認識したうえで診察に臨んだといえます。それでも「すねの傷」は発見できなかった。そういう状況の下で申告云々は関係なく、一方的な診察であったわけで、そもそも検察が申告といったのは福井医院でのことを述べているのを、検察の文章を切り取った裁判官が申告という言葉を使って重大な事実誤認をしたのです。

 

福井医院での診察は、いつものように週末に実家に帰った袴田さんが、消火作業の際負傷した中指の傷が化膿しかかっていたので受けたのですが、このことを検察は「袴田は中指の傷については申告したが、すねの傷は犯行と関係があることを恐れて申告しなかった」と袴田さんは嘘をつくずるい奴だと決めつけて、この申告という言葉を使っているのです。

しかしながら、前述のように68日経ってもなお、変化しつつある傷は、事件から4日後の7月3日の時点では相当重傷であったはずで、指の傷の受診の際に同時に受けることが自然です。検察の言うように事件との関連でいえば、中指の傷こそ隠していたはずです。専務との取っ組み合いの最中に負ったという傷は、本当にくり小刀でできた傷ならば、犯人は一番隠したい傷のはずです。それに比べてすねの傷は、どっかで転んだとかどんな風にも説明はできます。それを検察の推理のように、中指だけ申告して、すねの傷は申告がなかったから診察しなかったというのはありえない話です。すねの傷を隠す必要があるならば、指の傷も自分で治療するなどして隠すのは容易だったはずだからです。

 

◇記録にないから「なかった」んでしょう!

これは愛媛県の獣医学部新設疑惑の記者会見に臨んだ加計学園加計孝太郎理事長の言葉です。この1年、メデイアを通してどれだけこの言葉を聞いたでしょうか?

 

「記憶にも記録にもない」というこの言葉は、真実を隠したい側が記憶はあやふやだが記録は確かだという意味を込めて使われています。そして真実を隠したい側には記録を捏造したり、消すことができることを私たちは目の当たりにしてきました。しかし、袴田さんを逮捕した当日、警察官には記録を消す理由は全くありません。50年近く「あった」とされてきた記録が「なかった」ことの意味は相当大きいものです。

一審の裁判はその時点では完治していたすねの傷の検証は行わず、暗黙の了解のもとで「あった」として審理されてきたからです。もし、逮捕当日に警察の全ての記録にすねの傷がないことを一審の裁判官が知っていたら、石見裁判長と高井裁判官は無罪を主張した熊本典道裁判官の説得をはねのけ、それでも死刑を押通したでしょうか?東京高裁の横川裁判長も「自供内容に相応するように」(確定判決)すねの傷があったと自信を持って言えたでしょうか?もし、たった1通の供述調書が採用されなければ、事件当日「あった」ことも証明できない信頼性のないこんな証拠で、無実であるかもしれない容疑者を死刑にすることなど、絶対にできなかったはずです。

 

◇最高裁は高裁決定の事実誤認を認め、直ちに再審開始を!

6月11日東京高裁大島裁判長は静岡地裁の再審開始決定を取り消し、再び袴田さんを死刑台に送ろうとする決定を下しました。この決定がいかにひどいものか、ここでは浜松袴田さんを救う市民の会が強く訴えてきた「すねの傷」に絞って検証しましたが、本田鑑定を否定することによって、検察の主張をそのまま代弁する独断と偏見の姿勢はすべての項目に一貫しています。たとえば5点の衣類の捏造の疑いに関しては、「自白(パジャマでの犯行)と矛盾する捏造を警察が行うとは考えにくい」と一方的に警察の側に立ち、ずさんな証拠の数々には「捜査機関が捏造するのであれば、もっとうまくやる」などと驚くべき屁理屈で警察の不祥事の尻ぬぐいさえしています。大島決定の背後にある『捜査機関が証拠の捏造などするはずがない』という思い込みは半世紀前ならいざ知らず、今では国民の誰もが信じてはいません。

 

そもそも確定判決にある『捜査官の推測に便乗し』という表現こそ袴田さんの無罪の証明です。犯行現場を知らない袴田さんは捜査官の言うとおりに従うしかなかったからです。同じ事実を見て黒とするか白とするか、これは大島決定にも言えることですが裁判官の見方によって大きく変わります。事実を真摯に見つめることではなく、先入観や偏見で物事を判断したら、決まった結論しか導き出されません。これでは裁判は必要なくなります。

「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則を無視し、数々の疑問にまともに答えようとしない高裁決定には重大な事実誤認があり、検察が「すねの傷」の確たる証拠を出せないこと、それだけで再審開始の要件を満たすものだと思います。

 

30歳で逮捕された袴田さんは82歳、弟の無実を信じ支え続けてきたお姉さんの秀子さんは85歳になります。残された時間は限られています。世界中の人々が袴田事件に注目し、歴史に残る裁判の行方は後世の批判にさらされることになります。

無実の人は無罪に!この当たり前の判決が司法自らの手で正されることを願ってやみません。

 

清水一人 (浜松 袴田巌さんを救う市民の会)

 

*1現在、市民の会のホームページは「袴田さん支援クラブ」のホームページに移行しています。

*2警察庁刑事局発行(昭和41年11月)留置場管理関係資料による

それによると、35歳、41歳、29歳の女性が密造酒所持、選挙違反、駐車違反で逮捕された際、ズロースまで脱がされる様子が詳しく記述されている。

再放送:NNNドキュメンタリー’18 神となった死刑囚・袴田巖の52年

巖さんのドキュメンタリー番組が日本テレビ系列で全国放送されました。

NNNドキュメント’18
我、生還すー神となった死刑囚・袴田巖の52年ー
2018年10月14日(日)24:55~(15日午前0時55分のこと)
中京テレビ制作

見逃した方のために、再放送があります。

10月21日(日)11:00~ BS日テレ
10月21日(日)5:00~/24:00~ CS「日テレNEWS24」

10月28日第14回袴田事件がわかる会

第14回袴田事件がわかる会が開催されます。

日時 :10月28日(日)  午後1時半~4時

会場 : クリエイト浜松 53会議室 (浜松市中区早馬町2番地の1)

ゲスト : 袴田 ひで子 さん
加藤 英典 弁護士  (袴田事件弁護団所属)
特別ゲスト 古川 龍樹 氏 (福岡事件支援者、生命山シュバイツァー寺住職)

ひで子さんが語るシリーズ 3 <巖のこと、裁判のこと、自分のこと>

袴田事件といえば、姉ひで子さん!その凛と立つ姿にファンが多いひで子さんがどのように生きてきたのか。過酷な監獄生活を強いられ、精神をむしばまれた巖さんを励ますために毎月面会に通った話は有名です。

袴田事件弁護団、加藤英典氏が語る最高裁での特別抗告審の行方

袴田事件は再審請求を認めるか否か、最高裁判所の審判を仰ぎます。最高裁は、自己判断で再審開始を認めるのか。
高裁へと審理を差し戻すのか。それとも再審決定を棄却するのか。袴田巖さんの身柄はどうなるのか。

福岡事件支援者の古川龍樹氏が語る 福岡事件と袴田事件

「叫びたし、寒満月の割れるほど」という辞世の句で有名な福岡事件。生涯をかけて再審を求めて全国行脚した古川泰龍氏。
長男の龍樹氏が後を継ぎ再審運動に取り組んでいます。二つの冤罪事件、福岡事件と袴田事件について語ります。

 

毎月開催 ・ 入場無料 ・ 申し込みは不要です。直接、会場にお来しください。

 

主催:キッチンガーデン 袴田さん支援クラブ

連絡先  Email: info@kitchengarden.org     ☎   090-2342-2309

岩波書店の『WEB世界』に意見表明

岩波書店の『WEB世界』に意見表明

当クラブ代表の猪野待子に、岩波書店の『WEB世界』から原稿執筆依頼があり、出稿しました。

【巖さんの妄想「最高権力者」は無実の証】というタイトル。

URLはここです。https://websekai.iwanami.co.jp/posts/1201

30歳で逮捕された袴田巖さん、その後の人生は暗転し地獄の苦しみに襲われること半世紀。他に類例のない重く過酷な刑罰を背負う死刑囚とされてきました。巖さんが被った精神的ダメージは甚大で、痛々しいかぎりです。無罪が確定しない現在、回復は遅々としており本質的な蘇生は望めないというのが現状です。なぜなら、巌さんを蝕んだ根本原因、冤罪が解決されていないからです。支援者として身近に巌さんと接する私は、その精神的ダメージにあってもなお不動のものとして生きる巖さんの心情について述べずにはいられません。

巖さんの症状は「拘禁症」、つまり長期にわたる拘禁がもたらす妄想などと一言で言われていますが、そんな通り一遍のものではありません。虚無が支配する独房に投獄された48年間の毎日は、強いられた孤独と絶望の中で、冤罪を晴らせない焦りと抑えることのできない怒りに震え、そして宿命として迫りくる死刑執行への戦慄に苛まれる日々。

そういう極限状況に放置された「死刑囚」の頭の中に渦巻くものは何か。

私は思うのです。もし、真犯人であったなら、罪を犯したことへの慚愧の念と被害者への罪悪感に襲われることはあっても、あるいは被害者の亡霊に慄くことはあっても、巖さんのように正義を希求して身を焦がすなどということがあるだろうかと。

巖さんは、現実の他に心の中に独自の世界(妄想)を創り出しています。そこでは、「最高権力者になった袴田巖」が「嘘のない世界」「社会の正義」「世界の平和」「全人民の幸福」を実現するため、不正義と闘い続けるのです。人の命をも奪おうとする社会の不正義と。二度とそのような「悪」がはびこらないように。巖さんは静かに叫びます。「闘いは勝たなきゃしょんないんだ。負けたんじゃ、やられちゃう」と。「警察? 怨んじゃおらんがね」と、自分をトリックに陥れた警察官や検察官、追随する裁判官の個人個人に対する私怨に囚われることなく、さらに、再審無罪の獲得という自身の利害に留まるものでもありません。

「私のもろもろの闘いは今弱者の生を代表するものである」(獄中書簡集より)。獄中で呻吟しつつ断言した格調高い意気込みは、30年を経た現在、人々の幸福を希い、さながら修行僧のように浜松の街を歩き回る巖さんの姿に貫かれており、この高潔さに私は強い感銘を覚えるのです。

そうです。受難によって今も続く精神的状況と行動は、巖さんが無実であること、袴田事件は冤罪だということを満天下に証明する端的でこの上ない証拠なのです。

このノックアウト知らずのファイティングスピリットは、罪人のものでは決してありません。殴られても蹴られても立ち上がり、なお理不尽な悪魔に立ち向かうタフな勇者のもの以外の何物でもないのです。

ところで、裁判、再審請求審では、DNA型鑑定など高度に専門的な議論が飛び交っています。法律論や科学的鑑定も大事でしょうが、何よりまず巖さんという人間を刮目すればそれだけで無実が分かろうというものです。

今回の高裁決定は、まるで検察主張のオウム返しでしたが、再審開始は取り消したものの「拘置と死刑執行の停止」はそのまま継続とし、最高裁へと判断を先送りしました。これは、一方で検察や上からの同調圧力に屈して、他方では袴田巖さんの無実を確信し同情する国民世論からの非難をかわそうとした結果でしょう。

担当した大島裁判長は公平なデュープロセスに則った判歴を有する裁判官、今どきの裁判所には貴重な人財だという評判で、この裁判長ならと、私たちも大いに期待しました。それがあらぬ事に、来年定年退官を迎えるこの時、袴田事件の再審請求審という世紀の裁判で、天に唾する背信行為。大島氏は多くの国民を失望させ、自らの裁判官人生の晩節を汚しました。

4年前、静岡地裁の再審開始決定は「国家機関が無実の個人を陥れ、45年以上にわたり身体を拘束し続けたことになり、刑事司法の理念からは到底耐え難いことといわなければならない」という名言を残しました。その決定と、即時抗告審の記録を一通り読めば、誰の口からも無罪という判定が出ることは明白なこの裁判。いわれのない罪を晴らすまでには、一体どれだけの知力と歳月が費やされなければならないのでしょうか。

「50年戦争だと思っていたら、100年戦争だった……」85歳の姉、ひで子さんが呟いた言葉が痛い。

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