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袴田巖さんに再審無罪を!

Author: free-iwao (page 1 of 5)

大島隆明裁判長、来年の定年を待たずに依願退官(8月3日付)

大島隆明(元東京高等裁判所第8刑事部総括判事)氏とは、袴田事件の第2次再審請求審の即時抗告審の裁判長を努めた裁判官です。

大島元裁判長はデュープロセス(公平な適正手続き)に則った判歴を有する裁判官、今どきの裁判所には貴重な人財だという評判でした。戦後の横浜事件の再審開始決定でも、オウム真理教の菊池さんに対する逆転無罪判決などでも、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則と言われながらも守られてこなかった宝石を蘇らせたキャリアがありました。この裁判長ならばと、私たちは高裁決定に大いに期待しました。それがあらぬ事に、来年定年を迎えるこの時、袴田事件の再審請求審という世紀の裁判で、天に唾する背信行為に出たのです。法曹界がその変節に驚きました。

 

しかし、何故の変節なのでしょうか。東京高裁での即時抗告審は、裁判長の訴訟指揮に検察官寄りの姿勢が垣間見られたのですが、審理でのやり取りは弁護側ペース。とりわけDNA型鑑定をめぐる対質尋問(検察側の鈴木鑑定人と弁護側の本田鑑定人を同時に尋問)では、検察側は形なしの状態だったと聞いています。3人の裁判官も検察の旗色が悪いことを十分認識していたようです。にもかかわらず、弁護側の主張をことごとく否定するばかりか、あたかも弁護側に厳密な立証責任があるかのような攻撃に出るわ、検察官の主張を丸呑みするわ、あたかも裁判官の法衣を着た検察官のようでした。

 

さらに大島裁判長は、6月11日に袴田さんを死刑にしろという不当な決定を出した後、7月末には別の強盗殺人事件の控訴審で一審の死刑判決を支持する判決を出しました。私は裁判内容について知識がないのでこの裁判と判決についてその当否に触れることはできません。が、尊い人間の生命を権力が奪うという残虐な刑罰を科した、そのことは事実。連続して二人の命をこの世から抹殺する決定者となって、最多の死刑執行命令に署名した上川法相に殺しのライセンスを与え、その直後に依願退官です。今の気分はどんなものでしょうか。

いずれにせよ、裁判官生活を飾る最後の仕事がこの始末。人間の自由と尊厳を護る砦が裁判所と裁判官ではなかったのでしょうか。大島氏の良心は、そんなことは分かり切っていたことでしょう。支配秩序を維持しお上の無謬性神話と権威を護るために司法が存在し、そのためには無実であろうがなかろうが、犯人と思しき国民を罪に陥れ殺してしまってもかまわないのでしょうか

 

立法、行政、司法の三権分立については、小中学校で習います。立法府と行政府は時に誤ります。暴走することもあります。それによって侵される国民の自由と尊厳を守ることを使命としているのが、司法の府としての裁判所。刑事司法は、そう説明されています。そうではないのでしょうか。『絶望の裁判所』(瀬木比呂志著)には、最高裁は「憲法の番人」ではなく「政府の番犬」だと表現されていました。最高裁にはそれが事実ではないことを見せてもらいたいのです。同じ犬でも、政府や議会に対して人権擁護の警鐘を鳴らす犬になってほしいものです。

 

このように裁判官としてのキャリアを締めくくって、大島氏は何を得たのでしょうか。それによって失ったものの方にずっと価値が、崇高な実績と誇りがあったはずです。大島氏は多くの国民を失望させたとともに、自らの裁判官人生の晩節を汚したのです。

私のDNA鑑定は揺るがない 本田克也 筑波大学教授  朝日新聞(WebRonza 7/3 7/4)

袴田事件、私のDNA鑑定は揺るがない(上)

東京高裁と静岡地裁の異なる判断の背景にあるものは何か。鑑定人の本田教授が語る

本田克也 筑波大学教授

 

DNA鑑定のすべてを否定した東京高裁の判決

4年にも及ぶ審理の末、いわゆる「袴田事件」の即時抗告審における東京高裁の決定が公表された。結果は、静岡地裁が再審開始を認めたのに対して、再審を認めないという正反対の決定である。その理由として、地裁決定で新証拠とされた「DNA鑑定」の信用性を否定するということがクローズアップされたのであったが、この結果を見て、みなさんはどう思われたであろうか。

同じ証拠をみて判断が異なるというのは、どちらかが正しくどちらかが間違いではないか、と思う人もあろう。地裁より高裁の方が上級審であるから高裁の方が正しいのでは、と思う人もあるかもしれない。地裁の方が時間をかけて入念に事実を調べているため、むしろ真実に近い判断がなされることが多いから、むしろ地裁決定が正しいのでは、と思う人もあろう。また、「DNA鑑定」の成否などのような専門性の高い内容を、そもそも裁判所が判断できるのであろうか、という素朴な疑問を持つ人もあるかもしれない。

結論から先に述べれば、静岡地裁ではDNA鑑定の結果を事実としてしっかり調べ、全体のデータの中から有用な情報を引き出した判断がなされているのに対して、東京高裁の判断はDNA鑑定は疑わしいという前提のもとで、そこに用いられた方法の問題点、さらには鑑定人の人間性についての疑惑をできる限り見つけて、DNA鑑定のすべてを否定した結論になっていることがわかる。

功を奏した?検察官の説得

こうしてみると、前者は真実を明らかにしたいという事実に立脚した客観的判断であり、後者は裁判官がどういうわけか抱いてしまった鑑定人への疑惑を証明することを目指した主観的判断である、ということになる。

いったいなぜ、裁判官が「DNA鑑定」に疑惑をもってしまったのか、私にはわからない。個人的に裁判長と過去に関わりがあったわけではないし、裁判の過程で裁判官と関わりがあったわけではない。それどころか今回の高裁での審理では、私は裁判所からいかなる問い合わせも、資料の請求も受けなかったのである。

私が裁判所と関わったのは、審理もほぼ終了した昨年の9月末に行われた証人尋問の一回のみである。とすれば考えられるのはただ一つ、検察官が大変な努力をして、多量の文書の提出によって本田は信用できないと裁判官を説得し続けたことが功を奏したのではないか、ということである。しかし真実は多数決でわかるわけではない。

裁判というものは真実を明らかにするもの、と一般の人は信じているかもしれない。また、かつての私もそうであった。しかし裁判で問題にされるのは書面であり、あるいは尋問によって得られた言語表現であり、客観的事実が扱われるわけではないから、証拠そのものの真偽を明らかにすることはほぼ不可能なのである。

にもかかわらず、東京高裁は裁判官にとっては単なる文献的な知識しかないのに、DNA鑑定の証拠は果たして本物かどうかという、解決困難な議論を強行してしまったのである。

なぜ、袴田さんは再収監されないのか?

それにしても不思議なことがある。それは、再審請求が棄却されながら、どういうわけか袴田さんの再収監がなされなかったことである。つまり地裁決定の後半部分だけは維持されたのであった。ただ、地裁の場合は再審を認めたうえでの、すなわち無罪であることが前提にされた上での判断であり、高裁が理由にしたところの、健康上や生活上の問題からではない。

本来なら再審請求が棄却された以上は、収監されなければならないはずである。それがなされなかった理由はたった一つ、今回の高裁の裁判は袴田さんが無実であるかどうかとはまったく別の次元での裁判であり、その判断とそもそも袴田さんが無実であるかどうかとは切り離して考えられている、ということである。

実は、この決定に今回の高裁審理の本質が表現されている。一言で言えば、決定の「非論理性」ということである。

非論理性で貫かれた4年の裁判

どういう非論理性か? それは、今回の裁判は実は新証拠とされた「DNA鑑定」論争が目的であり、袴田さんの事件とは無関係に論争されたということである。そして、「DNA鑑定」は袴田さんの事件の本質とは無関係であると裁判官が認めていたからこその、非論理的な決定であったのであろう。

こう考えると、東京高裁の裁判長は判断できないような論争に約4年も費やして、無駄な裁判を行ってしまったことがわかる。しかし、もっと不思議なことは、約4年もかかって論争した内容は、まったく決定文には盛り込まれていないのである。まるで、高裁での「DNA鑑定」論争はなかったかのように、検察官の意見書からの部分的引用のみが並べられており、それに対して行われた弁護側の反論はまったく無視されているのである。

特に、高裁での鑑定人尋問で私が質問に答えた内容は、まったく採用されていない。非公開の裁判であるから、中身は何もなかったことにできるところに怖さがあると思ったが、すでに本田に対して「信用できない鑑定人」という先入観を持っていたとしたら、当然だったかもしれない。とすれば、証人尋問は、単なる形式に過ぎなかったとも言えるのである。

これに対し、検察側から推薦された専門家の意見の方は、意図的ともみえる曲解や中傷を含んだものであったにもかかわらず、すべて鵜呑(うの)みにされている。まるで裁判官という名の検察官がもう一人いたかのようである。

事実を無視した判決

裁判官は科学や技術、研究やDNA鑑定については素人なのであるから、両方の意見を公平に聞くべきではなかっただろうか。しかし、結果から見れば、DNA鑑定を否定するために、裁判官がとても理解できないような専門性の高い内容であっても、検察側の見解はそのまま採用し、結果として間違った説明をしているとしたら、問題である。

判決に必要な論理的な判断は、客観的な事実に基づいて行わなければならない。だが、、今回の高裁判決は、主観的な疑惑に基づいた論理が多々、展開されてしまっている。つまり、事実を無視した判決になってしまっているのである。

 

誤った「細胞選択的抽出法」の検証実験

具体的に述べてみよう。今回の高裁審理の論点の最たるものに、鑑定人の私が考案した「細胞選択的抽出法」という方法がある。高裁ではこれに着目して、この方法が有効かどうかを議論しようして、別の専門家を立てて検証実験を行った。

ところが、その専門家はきちんと検証実験を行わず、そこに使われたたった一つの試薬(抗Hレクチン=)にのみ着目し、誤った使い方(細胞を集めるために用いるのではなく、鑑定に用いた濃度よりもはるかに高濃度でDNAに直接作用させて有害性を調べる実験)を「検証」という名のもとに行ってしまったのである。

(注)レクチンとは、植物の種子などに含まれる細胞を凝集させる物質である。鑑定に用いた抗Hレクチンは、すべての血球の細胞膜に含まれるH抗原を識別し、血球凝集を起こす試薬で、血液型判定で通常に用いられている試薬である。抗Hレクチンによる血球凝集反応は、血液型判定の常法として確立した方法である。また今回のDNA鑑定に用いた「細胞選択的抽出法」というのは、抗Hレクチンなどを用いてDNA抽出の前処理段階に細胞凝集過程を置く方法である。

結果として、「細胞選択的抽出法」の検証はまったく行われていない。したがって、「細胞選択的抽出法」の有効性を否定する根拠はなくなったはずである。しかし決定文では、(検証実験は)「本田鑑定と同様の手法を忠実に再現することによって,その信用性を検討した手法によっているものではない」としたうえで、「オーソ抗H レクチンがDNA 分解酵素を含むとの限度では十分信用できる」と認めているのである。

そもそも、「細胞選択的抽出法」を独自の方法であると認めたからこそ「検証」を行ったはずなのに、それをやらなかったとしたら、「独自の方法であり、誰も再現できていないから疑問」と言えるはずはないであろう。「再現できなかった」のではなく、「再現しようとしなかった」のであるから。

この方法は、簡単にかつ数時間で実施できる方法であるから、それを弁護士に再現させたビデオのDVDも裁判で上映し、証拠として提出しているのに、「再現実験は本田の指導、監督の下で行ったものであって、第三者による検証とは位置づけられないものである」(決定文)とされた。「細胞選択的抽出法」の発見者の指導を拒否して、どうしてそれを検証できるのだろうか。疑問があるならできるかどうか試してみればいい。しかし試さないで疑問を持たれ続けているのはどうしてなのだろうか。

国際雑誌で認められた有効性

そもそも、この方法の有効性はすでに国際雑誌(Forensic Sci Genet,2014,10,17-22)に掲載されており、国際学会では何度も発表してきている。それどころか、法医学鑑定のために細胞選択を行うための機器もすでに発売されている(機器名DEPArrey, 製造元Menarini Silicon Biosystems) のであり、その詳しい原理は企業秘密とされ公表されていないが、「細胞選択的抽出法」の技術は世界の法医学界が求めていることは明らかである。

決定文では「本田の『細胞選択的抽出法』という鑑定手法には科学的原理や有用性に深刻な疑問がある」と述べられている。「科学的原理」に関する疑問とは何か。先を読むと、「レクチンはDNA型鑑定に必要な白血球だけを凝集させるものではなく、遠心分離で白血球と他の細胞を分離できたとの研究報告は見当たらない」と書かれている。

しかし私は、「レクチンはDNA型鑑定に必要な白血球だけを凝集させる」などと言ったことは一度もないし、100%分離できないことについては、データを提示しながら何度も繰り返し説明してきている。また、鑑定には相対的に優勢な型の判断を行えば何の問題もないと、データを示して説明している。ならば、ここを本田はどのように説明したのか。「レクチンはDNA型鑑定に必要な白血球を確実に凝集させる」である。

「白血球」は血液の一部であり、DNA鑑定ができる細胞であるから、少なくともそれが凝集できれば白血球(血液)からのDNA鑑定は可能であるし、何ら深刻な問題ではないことになる。(研究報告が)「見当たらない」ことも問題ではない。「見当たらない」からこそ検証させたはずなのに、検証してもらえなかったのではないか。やってみれば可能なことは、すぐ証明されたはずである。

この文章にとどまらず、決定文全編に貫かれていることは、裁判官は「疑問」を一切解決しようとしないまま、また鑑定人尋問に関しても、自分自身が抱いた疑問の正しさが否定されないように、鑑定人に一切、「疑問」について質問しないまま(実際の鑑定人尋問では聞かれていないことが、決定文にたくさん盛り込まれている)、書かれているということである。まるで、決定文はあらかじめできていたかのようである。それ自体が独り歩きした疑惑を客観的な問題であると断定し、「DNA鑑定は信用できない」と述べていくのである。

 

袴田事件、私のDNA鑑定は揺るがない(下)

 

「鑑定データを意図的に削除」という誹謗と中傷

裁判官の抱いた疑惑の独り歩きの最も最たるものは、「本田は、本件チャート図の元となるデータや実験ノートの提出の求めに対し、血液型DNAや予備実験に関するデータ等は既に原審時点において、見当たらない又は削除したと回答しており、その他のデータや実験ノートについても、当審における証人尋問の際に、すべて消去したと証言するに至っている」という決定文の文章である。

「証言した」ではなく、「証言するに至っている」というと、追い詰められた挙句の果てに、都合の悪いデータを意図的に削除する不正を認めたかのように読まれてしまうが、このような事実はない。地裁では追加データを何回も請求されたが、あるものはすべて提出してきた。

鑑定ではマニュアル通りやっているだけなので、実験ノートは作るまでもないのであることは裁判でも証言してきた。そもそも高裁の裁判官は原審(地裁)から関わっているわけではないのであるから、「原審時点において」と書くことはできないはずである。

30年間の研究・実績に基づく命懸けの鑑定

私自身としては、30年間の研究や鑑定実績に基づいた命賭けの真実の鑑定である以上、何ら隠す必要などない。鑑定試料の代わりになるような、特殊なデータも持っていないのであるから捏造することも、その必要もないのである。

請求していないものがこれまでに出ていないからといって、「不正があるから出していないのでは」と邪推するのは、鑑定人への冒涜(ぼうとく)にほかならない。しかし高裁からは一度も追加データを正式に請求されたことはないことは断言しておきたい。

私は裁判所から依頼されて鑑定をやっただけであり、その結果が裁判官の主観にそぐわなかったからといって、不正鑑定人のレッテルを貼られてはたまったものではない。

また「当審における証人尋問の際に、すべて消去したと証言」とあるが、これは2017年の9月27日の尋問終了間際、裁判長から最後の最後になって「カラーのデータが鑑定書に添付されていませんが」と尋ねられ、「そうだったですか? 付けたつもりでしたが……。そうでしたら申し訳ありません」と思いもよらぬ質問への答え方に疑問を持ったということなのであろうか。

本件鑑定を行ったのは尋問の6年前である。高裁審理がはじまってからも3年半も経過したときのことであるから、もしも請求したいなら、それまでに十分に時間はあったし、精査したいなら、それを元に尋問しなければ意味がないはずである。

すでに尋問が終わったあとで、どうしてカラーのデータが必要なのか、白黒データはカラーデータをコピーしただけであって、中身はまったく同じであるのに、と首を傾げたことであった。

そのときはこの裁判長の言葉の意味がわからなかったが、决定文をみて、あの質問は罠(わな)だったのか、と気づかされたのである。

というのは、「当審における証人尋問の際に、すべて消去したと証言するに至っている」に加えて、決定文には尋問では一度も尋ねられたことのない文章、すなわち「縦線(遺伝子の型を示す背景の帯のこと:引用者注)も不鮮明なものが含まれている」と書かれていたのである。これをもって、本田がDNA型を何らかの意図をもって書き換えたことが邪推されている。

裁判官はどうしても鑑定人の捏造(ねつぞう)への疑惑を、証言として確認したかのような形を取りたかったのだということがわかり、実際にはなかった証言があったと書かれていることに、大変に憤りを覚えたことであった。

しかし私がこの鑑定を行ったときには、対照(袴田さんのDNA型)検査は行っていないのであるから、わざわざ書き換えた場合には、誤って袴田さんの型と偶然に一致させてしまうこともありうるのである。しかし書き換えるとは言っても、出力データそのものを変えることはできず、せいぜいその解釈を変えることができるだけであることも、正しく理解されていたか疑わしい。

わかりにくいDNA鑑定否定の理由

高裁の決定文の全文を読んで明らかなのは、一体いかなる理由でDNAの鑑定結果を否定しようとしているのかが、大変にわかりにくい点である。

①データそのものが捏造か、あるいはすべてが汚染の産物である、といいたいのか、②データの解釈が違うとしているのか、③鑑定に使われた方法(細胞選択的抽出法)ではDNA型は出ないはずといいたいのか、よくわからないのであるが、どうもすべてを中途半端に並べて理由にしたいようなのである。そして、裁判で確認しようとされなかったことが、「疑惑」としてつらつらと列挙されているのである。そして、部分的な疑惑を拡大解釈して、全体を否定するのである。かすり傷をたくさん見つけて、致命傷があると言っているようなものである。

今回の高裁審理は「細胞選択的抽出法」が議論になったから、②が論点であると思われていたが、蓋(ふた)をあけてみれば、決定文では「選択的抽出法」のさらに一部でしかない、レクチン試薬と遠心分離の条件への疑問が、わずか数ページ程度述べられているのみでしかない。およそ2年近くも待ったのに、「細胞選択的抽出法」をやってもらえなかったことについては、何らの問題もなかったかのように無視されている。

さらに意外なのは、DNA鑑定のデータを、裁判官が独自に解釈し直しての疑惑がたくさん並べられていることである。このように難しい試料からの鑑定である以上、データには不完全な部分があるのは当然で、逆にそれゆえにデータは本物であると言えるのであるが、裁判官は根幹にある完全なデータを見るのではなく、不完全な部分があるからすべて認められないとするのである。

こうして汚染細胞が混じっているかもしれない、という微細な空想的仮定を拡大解釈していく。そのうえで、本田鑑定で出されたDNA型は血液由来とはいえず、汚染細胞の型かもしれないと推論し、したがって鑑定は信用できない、と結論づけているのである。

裁判に貢献しようとしたのに……

①については、本田のDNA鑑定は汚染細胞由来が混じっている可能性がある以上、まったく信用できないと疑問を呈する。しかし、どこでどのような汚染細胞が混じったかという根拠を示していない。

汚染の有無は混合パターンになるので、データを見ればわかる。今回の鑑定結果は一人分のデータしか出ていないので、汚染を考える必要はないことは、これまで何度も説明してきたが、無視されて続けている。①の可能性を根拠なしに認めてしまうと、これまで行われてきた、そしてこれから行われるすべてのDNA鑑定が否定されることになりかねない。

②については、もしも解釈がおかしいというのなら、ならばデータをどう解釈すべきかを示すべきであろう。本田は一貫した解釈をしているのであり、それにクレームをつけるのなら、どう読めるかを示さなければ意味がないし、またどう読んだら袴田さんとの一致が証明されるのかを示すべきであろう。

③については、実験すれば正しいかどうかがわかることである。しかし実験はされなかった。

もしかしたら、鑑定は何ら否定できていないことに気づいた裁判官が、ついには「本田が信用できないことが、鑑定が信用できない理由である」ということにしたかったのかもしれない。それにしても、决定文では裁判に貢献した鑑定人のすべてを氏名で表記しているのに、私のことは「本田」とすべて飛び捨てにされ、まるで犯罪人であるかのように非難されなければならないのであろうか。

「細胞選択的抽出法」とDNA鑑定の関係

新聞報道でこれまで何度も大きく取り上げられてきたし、高裁での決定文にも独自の方法だとされてきたから、「細胞選択的抽出法」はかなり難しい方法なのではないか、と思っておられる人も少なくないと思われる。しかも、「DNA鑑定の特殊な方法である」という、誤解を招きかねない説明がなされてきたという面もある。

「細胞選択的抽出法」というのは、先に説明したように、血液型判定に使っている抗Hレクチンによる血球凝集反応によるもので、凝集塊を遠心分離によって集めたものを用いて、DNA鑑定を行ったものにすぎない。原理的には独自の方法ではまったくありえず、応用という面で独創性があるに過ぎない。

また、あくまでもDNA鑑定それ自体とは直接関係はなく、「細胞選択的抽出法」+「DNA鑑定」である。換言すれば、「細胞選択的抽出法」はDNA鑑定に含まれるのではなく、前段階に足し算したに過ぎないのである。

したがって、検察側鑑定人が「大問題」と騒いでいたように、DNA分解酵素を持っている疑いがあったとしても、これはDNA鑑定それ自体に使うわけではなく、試料を確定する段階のものであり、薄い濃度で用いる限り、DNA鑑定には何ら影響を与えない。

DNA鑑定それ自体は、市販されている検査キットを用いた通常の方法をマニュアルどおり正確にやったに過ぎず、決して手品のような方法を用いたわけではない。また今回、DNA鑑定が成功したのは、必ずしも「細胞選択的抽出法」が有効であったからと言えるかどうかはわからない。鑑定に使った方法の有効性と、鑑定それ自体の結果の成否は決してイコールではないのである。DNA抽出に用いた機器や、DNA鑑定に用いた試薬の実力にも関わっていることは明らかである。

しかし「細胞選択的抽出法」は血球細胞を確実に凝集させることは事実なので、回収率や他の細胞との分離力がいかほどにせよ、血液由来のDNA型を拾ってこないことはありえない。

裁判官が正しいと思ったことが採用される怖さ

いずれにせよ、高裁で議論されてきた内容はあまりにも次元の低い論争でしかない。しかしそのことは、非公開の裁判であるゆえに、あまり知られていないのかもしれない。裁判というものは真実を明らかにするものではなく、どちらが論争に勝つかどうかの問題なのであるから、誤ったことでも裁判官が正しいと思ったことが採用される怖さがある。

そもそも、この「細胞選択的抽出法」は本田が独自の判断で用いた方法ではなく、本田自身も何度も普通の方法でいいと主張したにもかかわらず、「血液由来のDNA型を確実に検出する方法はないか」という、静岡地裁の最初の裁判官(决定文を書いた裁判官の前任者)の要求に応えて考案した方法であって、それを今さら、「普通の方法でなぜやらなかったのか」と問われても、言いがかりのように思える。裁判官の間で申し送りがまったくなされていないとしかいえない。

この鑑定の過程がいかなるものであったか、DNA鑑定の基礎から理解するには、拙著『DNA鑑定は魔法の切札か』(現代人文社)に詳しく書いてあるので、興味のある方にはぜひ、一読をお薦めしたい。

すべてのDNA鑑定を却下することに?

そもそもDNA鑑定においては、そこにいかなる細胞が付着しているかを調べることが可能ではあっても、そこから検出された型がどの種類の細胞に由来するかを証明することは不可能である。しかしDNA鑑定で知りたいことは、そこに付着している細胞が何であれ、誰に由来する細胞であるかを知りたいだけである。

しかし今回の高裁決定は、それが何の細胞に由来するかがわからない以上、DNA型が信用できないという高い基準で判断した。これは実際には判断できないことであるから、過去のDNA鑑定に疑問を生じさせ、また今後のDNA鑑定のほとんどすべては認めることはできなくなるであろう。これを他の裁判と切り離して、「袴田事件」のみに当てはまる基準にすることが許されるわけはない。

たった一つの事件でしかない袴田事件のDNA鑑定を却下する基準を設けたことによって、他のすべてのDNA鑑定を却下できる理由を作ったことになるとすれば、今回の決定の責任は極めて大きいと言える。

真実はひとつ。袴田さんは犯人ではあり得ない

肝心なことは鑑定に使われた方法ではなく、鑑定の結果の解釈でもない。鑑定データこそがすべてである。高裁決定はそれをしっかり見ることから逃げている。そこには、袴田さんのDNA型はまったく含まれていなかった。根拠のない汚染細胞を仮定しても、汚染があることを示すデータはなかった。

「鑑定者自身のDNA のコンタミネーションを疑うべき場合である」という言葉も决定文には書かれている。しかしこれは、袴田さんとの比較の意味がない付随的な2つの試料についての誤った比較によるものである。

たとえばその一つの試料については「7つの部位で合計9つの型が検出されている」とされているが、これは対になる2つのアレル(バンド)をバラバラに切り離して、型として読んだことによる間違った理解で、実際には2本のバンドが型として確実に検出されているのは2箇所に過ぎないのであるから、これが本田の型と似ていると言っても意味はないのである。

もう一つの試料についても、「6座位合計7つの型」と書かれているが、6座位からは6つの型しか出るはずはないし、実際には2本のバンドが型として確実に検出されているのは1箇所に過ぎない。ここには間違いが書かれてあるだけでなく、また鑑定人の汚染があるという根拠もないのである。

データに見られる微細な欠点を拾い上げて拡大解釈しても、データの根幹が変わることはありえず、データが語る真実を切り捨てることは不可能である。袴田さんは絶対に「犯行時の着衣」とされた5点の衣類とは無関係であり、犯人ではありえないこと、それこそがDNAが語る真実である

今こそ、このことを直視する勇気を持つべきではないだろうか。日本における司法の威信を世界に示すためにも、最高裁では先入観にとらわれず、客観的な事実に基づいた判断を、と期待する次第である。

 

 

 

東京高裁の不当決定に抗議します

キッチンガーデン袴田さん支援クラブ

みなさん、ご承知の通り東京高裁は、4年前の再審決定を取り消しました。私たちは不当な決定に強く抗議するものです。高裁決定の致命的な問題点は、端的に言って「見る方向が逆」(葛野尋之一橋大学教授)という点にあります。再審請求審では、「確定されている有罪判決に合理的な疑いがあるかどうかを判断すべきなのに、再審請求で出された新証拠の個々の信用性を検討しており、問題がある」(同教授)。その信用性の判断も、まるで検察の主張と見紛うような偏見と言う外なく、「疑わしきは罰せず」という理念も、裁判官の良心も正義感も感じられないのです。

東京新聞の社説は、こう喝破しています。「疑わしきは被告人の利益に」という言葉は刑事裁判の原則で、再審でも例外ではない。ところが日本の検察はまるでメンツを懸けた勝負のように、再審開始の地裁決定にも「抗告」で対抗する。間違えていないか。再審は請求人の利益のためにある制度で、検察組織の防御のためではない、と。裁判所も、再審制度の目的を平気で踏みにじっていることを恥じるべきです。「疑わしきは確定判決(再審の対象となっている判決)の利益に」という悪習慣を断ち切り、再審は「無辜の救済」、つまり裁判官の誤判決から無実の人間を救い出すことを鋼鉄の原則としなければいけません。いつまでたっても日本の司法に世界から浴びせられる非難と嘲笑は、大きくこそなれ止むことは決してないでしょう。

ここで、問題はこうです。4年前の静岡地裁での裁判のやり直しを開始するという決定が正しいのか、それとも、その決定を真っ向から否定する高裁決定(裁判はやり直す必要がないという決定)が正当なのか?これは、弁護団が最高裁へ特別上告(高裁決定に不服を申し立て、最高裁の判断を仰ぐ)するので、最高裁が決定を出すことになります。

ところで、静岡地裁の決定の再審開始を取り消したのですが、それと同時に出された死刑の執行停止と拘置の停止決定は否定されずに残されています。袴田さんは釈放されたままで良いというのです。これまでの判例や理屈からすると、再審開始をひっくり返すなら同時に死刑の執行停止、拘置の停止も取り消されるはずです。しかし、それが出来なかった。4年前からの無罪扱い(釈放されたまま)は継続され、仮のものではあれ袴田さんには自由が続きます。袴田さんの無罪を知っている国民の声に押されて、そうせざるをえなかったのです。また、裁判所も本音では無罪と考えているのではないでしょうか。

私たちは、罪なき浜松市民がぬれ衣を着せられたまま48年間も独房に閉じ込められたままであったことに悲憤の涙を流してきました。今回の不当な決定には激怒、また激怒させられているのです。涙はもう出ません。

私たちはこの国の主権者として、高々と抗議の声を挙げましょう。
「東京高裁の裁判官、あなた方は重大なミスを犯したのです。」

東京高検 検事長への要請

           2018年5月16日

 

東京高等検察庁

検事長 稲田 伸夫 殿

 

浜松 袴田巌さんを救う市民の会

共同代表 寺澤 暢紘

 

6月11日に、袴田巖さんの裁判の決定が出されます。

検事長殿には、袴田さんの裁判のやり直しが速やかに行われますようご尽力下さいますようお願い申し上げます。

 

即時抗告審では、「白半袖シャツの右肩の血痕が、袴田さんのDNA型と一致しない」という鑑定結果が信用できるかどうかが争われてきました。

然るに、この血痕が袴田さんのものかどうか・・事件から48年経って、私達の前に現れた袴田さんの腕には、この争われている血痕の傷だと認定されている傷が、まだ残っていたのです。それが写真の傷です。私達は、この傷を見た時、この傷から出た血が白半袖シャツの右肩の損傷部分についたという認定が、明らかに誤っているとわかりました。そして、袴田さんが生きて帰って来られたことによって知ることができたこの事実を申し上げずにはいられません。

写真でわかる通り、袴田さんの傷は、横に走る1つの傷であり、白半袖シャツの損傷は縦に2つです。位置も、形も数も一致していません。しかも、袴田さんが、このシャツを着て、この腕の傷を負ったなら、受傷後、このシャツを脱ぐまでの間に出血した血が、袖に付いていなければなりません。それは、2つの損傷部分とは違う位置にです。なぜなら、袴田さんの傷とシャツの損傷の位置が違うからです。袴田さんの腕の傷から出た血が、この2つの損傷部分だけに全て滲み込むことはありえません。偶然でも起こり得ません。

私達が、この写真を提出することは、非常識に思われるかもしれません。しかし、袴田さんが、死刑の執行の恐怖に怯え、生き続けて来られた48年という年月を思う時、袴田さんが生き続けて証明している、この明らかな無実の証拠を無駄にしたくはありません。

確定死刑判決の事実認定そのものが誤っており、袴田さんのDNA型とシャツの血痕のDNA型が違っていたのは当然のことであり、もはやDNA鑑定の実験の手法は問題にはできません。再審開始は当然のことと考えます。

確定死刑判決の事実認定に合理的疑いがあることが明確である以上、検察官の良心に則った正義を示して下さいますようお願い申し上げます。

一日でも早く、袴田さんを死刑の恐怖から解放してくださいますよう、今できる最善を、どうか尽くして下さいますようお願い申し上げます。

映像袴田事件 「生き抜いて残した右肩の傷の真実」

袴田事件の無実を証明する証拠です。5点の衣類がねつ造であったことを指し示す「右肩の傷」。

映像で表現しました。制作:浜松 袴田巖さんを救う市民の会

袴田さんは 生きることで「無実」の証拠を残した

「犯行着衣」とされている白半袖シャツに滲み込んでいたB型の血痕(DNA鑑定で争点となっている)の傷と認定されている傷が、袴田さんの腕に残っていた。

【白半袖シャツの損傷・血痕(証拠開示)】

【袴田さんの腕の傷(釈放後2年目に撮影)】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

袴田さんは、白半袖シャツの2つの血痕は「自分のものではない」と、訴え続けてきた。
(1983年9月4日の袴田さんの日記)
「本件での問題は、2つの穴と2つの血痕です。この穴と血痕の生成理由につき、検察官は、およそ次のようにこじつけています。一回刺さって、ちょっと抜けてまた刺さったから、鼠色スポーツシャツには1つの穴であるが、白半袖シャツには2つの穴ができた。として見ると、検察官の論理からしても、右白半袖シャツを着用して負傷した者は、右肩などに2つの傷が完璧に存在することにならざるを得ない。何故なら、検察官自身が白半袖シャツの右肩を2度にわたって刺したと主張しているからである。つまり、2度刺せば2つの傷穴ができ
その穴を中心に丸く2つの血痕ができるのは道理で、正に白半袖シャツの状態がそれであり、よって、右シャツ着用者は2つの傷があることになる。」
(同年9月23日の日記)
「本件白半袖シャツについて。下着、とりわけメリヤスシャツは、肌にぴったりと付くものであるから、それを1部分だけ移動させる事は不可能である。仮に、無理矢理転移させたとしても、それは一瞬で元の位置に戻ることは確実である。本件白半袖シャツの2つの損傷と2つの血痕は、当たり前の事として2つの傷の下でしか生成は可能ではない。
ご承知のとおり、下着等は肩で着られるものであるから、腕の付け根はもちろん密着している。したがって、それらが2,3センチにしろ移動したままになるなどということは、先ず絶対に起こり得ないことである。右シャツの損傷と血痕は、右のような理由をもってしても、私とは無縁であることを浮き彫りにしている。」

袴田さんが、もし、この白半袖シャツを着用していて、腕に傷を負ったなら

・袴田さんの腕の傷は2つあるはずである。また、白半袖シャツの袖には、このシャツを脱ぐまでの間に腕の傷から出血した血が付着しているはずである。

しかし、袴田さんの傷は、横に引いた1つの傷であり、シャツの血痕は、2つの損傷部分だけである。これでは、腕の傷から出た血が全部、2つの損傷部分の内側から滲み込んだことになる。このように血が滲み込むことは、たとえ偶然でも起こり得ないことは一目瞭然である。

 

腕の傷は、袴田さんが、事件当日の消火活動で受傷したと主張していた傷である。そして、それを取調官も検察官も自白前まで疑っていなかったのである。

消火活動時に着ていたパジャマの右袖には、相応する部分にかぎ裂きの損傷があり、次に着替えた作業着の右袖にも血痕が付いていた。しかし、自白後に撮影された証拠写真は、敢えて、それをごまかすかのように、傷の位置がわからない。

【「自白」後の身体検査時の写真】

鑑定書の写真】

袴田さんの傷は、白半袖シャツの損傷・血痕とは、位置も形状も数も合っていない。これが死刑判決の証拠とされてよいはずがない。最高裁で死刑が確定した後も不当な裁判を闘い続けていた袴田さんは、死刑の恐怖から、徐々に闘う言葉を奪われていった。しかし、48年、生き続けて、自らの身体をもって、この認定の非常識さを証明された。誰がこの傷から出た血が白半袖シャツの2つの損傷部分に付いた言えるであろうか。白半袖シャツの損傷部分の2つの血痕が、袴田さんのDNA型と一致しないのは、当然の結果と言えるものである。

     (2018.5.12 浜松 袴田巌さんを救う市民の会)

6月の集会予定

6月の集会予定

6月11日 東京高裁での再審開始即時抗告審の決定が出されます。

決定の結果と今後の再審の展望について、弁護団、支援者から報告・アピールがあります。

6月16日(土)即時抗告審報告全国集会 午後1時半より

静岡労政会館 6階ホール

主催:袴田巖さんの再審無罪を求める実行委員会

 

6月23日(土)第10回袴田事件がわかる会 午後1時半より

浜松復興記念館

ゲスト:袴田事件弁護団 間光洋弁護士 、 姉 ひで子さん

主催:キッチンガーデン袴田巖さん支援クラブ

 

6月24日(日)浜松報告集会  午後2時より

浜北区 中瀬協働センター

弁護団報告 小川秀世 弁護団事務局長

主催:浜松 袴田巖さんを救う市民の会

袴田巖さんの壁が出現 5月18日開幕式

「袴田巖さんの壁」

プラハにある「ジョン・レノンの壁」にヒントを得て、小川秀世法律事務所静岡市葵区本通六丁目 カメリアビル)
に設置されました。5月18日には、袴田巖さん、ひで子さんも出席して開幕式。





朝日新聞5/19朝刊

趣旨アピール

袴田事件は,平成26年3月27日,静岡地裁が再審開始を決定し,合わせて死刑及び拘置の執行を停止したことで,袴田巌さんは釈放されました。静岡地裁が,前例がないにもかかわらず袴田さんを釈放した理由は,DNA鑑定等により袴田さんの死刑判決に疑問があることが明白になったこと,さらに,本件では警察による証拠ねつ造が行われた可能性が高いと考え,これ以上拘置を続けることは「耐えがたいほど正義に反する」と判断したからでした。

ところが,検察官が即時抗告をしたことにより,その後4年2ヶ月も経過した今,ようやく東京高裁の決定が出されることになりました。しかし,袴田さんは,すでに82歳の高齢になり,健康状態も万全ではありません。とくに,袴田さんは,いまでも死刑執行の恐怖にとらわれており,妄想の世界から抜け出せません。袴田さんに,元気な状態で普通の生活を取り戻してもらうためには,一刻も早い無罪判決が必要なのです。

即時抗告審での審理状況からすると,検察官の即時抗告は棄却され,静岡地裁の判断が維持されることは確実です。しかし,それに対して,もし検察官が特別抗告をすれば,再審が実際に開始されるまで,さらに2年,3年あるいはそれ以上の期間を要することになってしまいます。

静岡地裁の判断によれば,本件は,国家が重大な過ちを犯し,袴田さんの人生を奪ってしまったということであり,決して償うことはできません。そうであれば,これ以上審理を長期化させることは,正義の観点からは決して許されないはずです。もし,検察官が,東京高裁の判断に不服があったとしても,再審公判の場で主張,立証する機会があるのですから,その意味でも,本件で特別抗告まですることは,不当と言うべきです。

ところが,最近の再審事件である松橋事件,大崎事件などで検察官が特別抗告したことからすると,検察官は,本件でも同様の対応をすることが懸念されます。しかし,本件の重大性,特殊性に鑑みれば,これは検察官の判断だけにゆだねるべき問題ではなく,検察庁法14条により検事総長を指揮する権限が与えられている法務大臣が,大局的観点から,正義にかなった対応をとるべきことが期待されている事案と考えられます。

そして,以上の趣旨を明らかにし,上川法務大臣に訴えるために,この「袴田巌さんの壁」を設置し,多くの皆さんにもこの壁に一言書き添えていただき,協力をお願いするものです。

「検察官は、引き返す勇気を」 KG 袴田さん支援クラブからのアピール

袴田事件再審請求即時抗告審の最終局面にあたっての声明

検察官は、引き返す勇気を

2018年5月19日
KG 袴田巖さん支援クラブ

袴田事件の第二次再審請求審の即時抗告審は、もうすぐ決定が出されます。

 

いわゆる郵便不正事件等において発覚した検察不祥事を受けて、検察の在り方検討会議が「検察の再生に向けて」という提言を出しました。その提言は、検察官が「公益の代表者」として、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障を役割とすることを謳い、有罪判決の獲得のみを目的とすることなく、公平な裁判の実現に努めるべきことを主張しています。また、通常公判では有罪の獲得に拘泥することなく「引き返す勇気」の必要性を強調しています。この論理と倫理は、再審請求審においても当然のことです。

 

この提言の趣旨に沿ったものなのでしょうか、検察官は即時抗告審において600点ほどの新証拠を公開しました。遅すぎたという重大な難点はあるものの、その潔い姿勢は注目に値するものです。何故ならば、それらの証拠は袴田さんの無罪を証明するものばかりだからです。

検察官は、公開の前に証拠の全てを点検していることと思います。そこで、こんな証拠を出せば有罪がひっくり返されてしまうと直感したはずです。にもかかわらず、自らに不利になる証拠を敢えて公開したのです。これまでの強引な訴訟姿勢からすると、隠し続けることに躊躇はなかったと思われるのですが、にもかかわらず敗訴を予期しながら公開に踏み切ったと思わざるをえません。このことは、公判担当検事から検事総長に至るまでの共通認識と合意がなければできないことです。東京高裁第8刑事部の裁判官も、その点は見抜いていることと思います。はっきり言うと、新たに証拠を公開した時点で、検察は敗訴を覚悟していたのではないでしょうか。

 

2014年3月27日の静岡地裁による再審開始決定は、大きな波紋を呼び起こしました。袴田事件担当の最高検元検事、竹村輝雄氏がショックを語っています。(2014年4月3日放送のNHK番組『クローズアップ現代』、番組タイトル「うもれた証拠 ~“袴田事件”当事者たちの告白~」)

「それは重いですね。本当に眠れなかった、わたし、この決定を読んでね。検察官としてこれは十分に教訓として反省すべきところです。」

「よく証拠を見ることでしょうね。一方の立場からではなく、公平な立場からみることですよ、証拠を。」

地裁の決定にショックを受けたとしても、自らの非を認めることには、たいへんな勇気が必要だったと思います。謙虚な気持ちと正義感がなければできなかったでしょう。進んで非を認め反省を隠さないこの先輩検察官を、後輩の皆さんは心の底で見習っていることと思います。

 

他にも、振り返ってみるべき事例があります。例えば、足利事件と東電OL事件で裁判の最後を飾った当時の東京高検の態度です

1990年に起きた足利事件の確定判決は無期懲役でした。2009年4月、犯人とされ服役していたS氏のDNA型と被害者の着衣に付着していた体液のそれとが一致しないという結論が出されました。2009年6月、鑑定結果を受けて、東京高等検察庁が「新鑑定結果は再審開始の要件である『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』たり得る」とする意見書を提出(事実上の再審開始決定)。併せて「有罪判決を導いた証拠が誤りであった以上、刑の執行を継続すべきではない」として服役中のS氏を釈放したのです。それから2010年2月12日、再審第6回公判で、検察官は「取り調べられた証拠により、無罪を言い渡すべきことは明らか」とし、論告で無罪を求めました。論告に際して、「17年余りの長期間にわたり服役を余儀なくさせて、取り返しのつかない事態を招いたことに検察官として誠に申し訳なく思っています」と謝罪したのです。

 

また、1997年に発生した東電OL事件は、一審無罪でしたが、二審東京高裁で逆転して有罪(無期懲役)。2003年最高裁で有罪が確定、収監されました。2005年に再審請求。2011年に新たなDNA型鑑定で型の不一致が証明され、2012年東京高裁は再審開始と刑の執行停止を決定しました。東京高検は最高裁への特別抗告を断念。2012年10月24日の再審公判初日、検察は「被告以外が犯人である可能性を否定できない」として無罪を主張、結審となったのでした。

 

袴田事件を担当する検察官はこのような検察の歴史の輝かしい部分を十分に理解されていることと思います。弁護人だけが被告の人権を守ることに尽力するわけではありません。元来、裁判官も検察官も、人間の尊厳と自由の砦であることに差はないのです。

また、法の執行者として考慮して頂きたいことがあります。法の執行とは、法の条文と現実とを対比して事実が条文に違反しているかどうかを判断し、その処罰を請求するという表面的、結果的な行為では済まされません。その法(制度)には、立法の目的と理想がたぎっているのです。法の執行とは、その原点に立脚してその意思を実現するために、法律の条文を活用すること以外の何物でもないと思います。再審制度の目的は、無辜の救済(無実は無罪に)です。誤判(誤った判決)の被害者を救助することです。その方法は、証拠が無罪を指し示すならば当然無罪、検察の立証に疑問の余地があるだけでも無罪としなければならないということなのです。

 

検察はこの時点で、引き返していただきたい。再審公判に速やかに移行し、無罪を公に認めていただきたい。袴田事件の裁判が、検察官の華麗なる勇気、潔く真実に忠実な態度への拍手をもって終了となることを願ってやみません。

東京高裁は6月11日に決定を出すことを公表、再審開始決定が決まるか!

袴田事件の再審是非、6月11日に判断 東京高裁

1966年に静岡県で一家4人が殺害された事件で死刑が確定し、静岡地裁が再審開始を決定して釈放された袴田巌さん(82)=浜松市=について、東京高裁(大島隆明裁判長)は再審開始の是非の決定を6月11日に出すことを決め、関係者に通知した。地裁の再審開始決定を不服として、検察側が高裁に即時抗告している。

袴田さんは裁判で無罪を主張して最高裁まで争ったが、80年に死刑が確定。静岡地裁は2014年3月、「犯行時の着衣」とされたシャツから袴田さんとは別人のDNA型を検出した本田克也・筑波大教授の鑑定などを根拠に再審開始を決定。「捜査機関による証拠捏造(ねつぞう)」の可能性も指摘し、袴田さんは即日で釈放された。検察側は本田教授の鑑定について「独自の手法で信用できない」などと主張。高裁では約4年にわたって審理が続き、本田教授の鑑定手法が最大の争点となってきた。

袴田さんは現在、浜松市内で姉の秀子さん(85)と暮らす。周辺を歩くことが日課だが、半世紀近くにわたった拘禁生活の影響は大きく、意味が通じない発言が多い。自分のことを「神」や「天皇」と語ることもある。秀子さんによると、最近は笑顔が増えているが、「精神的にはまだまだ治っていない。半分くらいはまだ自分の世界の中」という。

 

朝日新聞デジタル 2018年5月7日17時00分

5月19日、第9回 袴田事件がわかる会

東京高裁の決定は6月11日!
袴田さんの再審開始が決まるか !!

第9回 袴田事件がわかる会
5月 19日(土)  午後1時30分 ~ 4時
会場   ザザシティ5階 こども館 ギャラリー2  ( 浜松市中区鍛冶町100-1)
ゲスト  袴田事件弁護団 弁護士  白山 聖浩 氏   
     姉  袴田 ひで子 さん

裁判の行方、巖さんの近況など、分かりやすく語ります。

「捜査機関の違法、不当な捜査が存在」「国家機関が個人を陥れ、45年以上にわたり身体を拘束しつづけた」「耐え難いほど正義に反する」
として異例の即日釈放とした静岡地裁の再審開始決定から4年2ヶ月余。私たち市民には分かりにくい袴田さんの裁判。どうなっているの?
袴田さんは浜松の街を歩いているけど無罪になったんじゃなかったの? まだ裁判は続くの? 袴田さんの精神的ダメージはどんな?
お姉さんとどんな生活しているの? 皆さんの疑問にお答えします。初めての方も、お気軽にどうぞ。

申込み手続き不要、直接お越しください。
お問い合わせはお電話又はメールでどうぞ。  ☎:053-542-3930

 主催 : キッチンガーデン 袴田さん支援クラブ
Email : info@kitchengarden.org   ホームページ www.kitchengarden.org

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