第60回袴田事件がわかる会
2022年11月19日(土) 午後1時30分~4時
浜松復興記念館 2階 (浜松市中区利町304-2・五社神社東) 入場無料、お気軽にお越しください。
ゲスト 袴田ひで子さん(袴田巖さんの姉)
講 師 山崎俊樹 さん(袴田巖さんを救援する清水・静岡市民の会事務局長)
1980年死刑確定、その時最高裁の中庭から始まった
袴田巖さん救援、42年の歴史
袴田巖さんへの警察・検察、そして裁判所の攻撃は杜撰ではあったが凄まじく、ろくな証拠もないまま死刑宣告に至った。それに対して、死刑えん罪被害者・巌さんへの救援運動が燃え広がった。
1980年11月19日、最高裁で死刑判決が下された時、最高裁の中庭で、<無実のプロボクサー袴田巌を救う会>が結成された。『袴田事件・冤罪の構造』の著者、高杉晋吾氏を代表としてボクシング評論家郡司信夫氏、協栄ボクシングジムの金平正紀会長等、ボクシング関係者らが参加。そして1981年11月13日、日弁連は袴田巖さんをバックアップすることを決定、袴田事件委員会を設置して再審無罪のための弁護活動を強化した。1982年2月には<清水市こがねみそ事件袴田巌救援会>発足、代表は今村高五郎氏。続いて<浜松・浜北、無実の死刑囚袴田巌さんを救う会>が巌さんの幼馴染みの渥美邦夫氏を代表として発足した。さらに1992年10月、全日本ボクシング協会に<袴田巌、再審支援委員会>発足、笹崎吉弘氏が委員長就任。これを受け継ぎ、2006年5月には東日本ボクシング協会が会長輪島功一氏を委員長、理事新田渉世氏を実行委員長とする<袴田巌再審支援委員会>を設立した。2010年4月、国会議員57名が結集して<袴田巖死刑囚救援議員連盟>発足、会長には牧野聖修衆院議員が立った。
このような布陣に国民救援会やアムネスティ・インタナショナル、キリスト教の団体などが加わり、法学者や一般の個人も仲間入り、なお一層戦列が強化された。支援者は弁護団とともに「裏木戸通り抜け実験」や「衣類の味噌漬け実験」など、再審開始に向けた裁判での立証活動、世論喚起のためのキャンペーン、検察庁や裁判所への抗議・要請活動などを展開。私ども<袴田さん支援クラブ>は2020年、クラウドファンディングを企画・実行。1600人以上の賛同者から1800万円を超える寄付金を集めて弁護活動に投入した。このような救援活動の歴史を総括、山崎俊樹さんにレポートしていただく。
主催:浜田さん支援クラブ