「狭山差別裁判 473号」(部落解放同盟中央本部発行)からの転載です。筆者は菅野良司氏。2015年に岩波書店から「冤罪の戦後史」を出版。なぜ冤罪が起きるのかを問う。帝銀事件、狭山事件、名張毒ぶどう酒事件、東電OL事件、足利事件など戦後の著名な17事件を取り上げ、日本の刑事司法の問題点を追及。
袴田事件を清水事件と呼んでいます。弁護団が追求している警察官の捜査上の犯罪がいくつもあります。それらがが分かりやすく叙述されています。

清水再審で警察官の職務犯罪を追及

ジャーナリスト 菅野良司


清水事件(いわゆる袴田事件)は、2014年3月27日に静岡地裁で再審開始決定から3年以上が経過するが、いまだに再審開始が確定していない。釈放された袴田巖さんは故郷の浜松で姉の秀子さんと暮らすがまだ無罪となっていない。東京高裁の即時抗告審になってから取り調べ録音テープが証拠開示され、違法な捜査、取り調べの実態が明らかになった。2016年12月、弁護団は捜査の違法を再審の理由として追加する申立てをおこなった。違法な捜査、取り調べは狭山事件と共通する。清水事件における取り調べ、捜査の不正の実態と再審理由追加申立ての主張を紹介する。

清水事件の再審は、2014年3月27日に静岡地裁で再審開始決定が出たが、検察官が即時抗告し、3年以上も経過した2017年4月現在も、東京高裁で抗告審が続いており、開始決定が確定していない。抗告審では、開始決定の大きな要因となったDNA型鑑定の信頼性が中心的な争点となっていたが、清水事件弁護団(団長・西嶋勝彦弁護士)は、2016年12月21日、捜査当時の警察官による職務犯罪が明らかになったとして、新たに再審理由を追加した。多くの再審事件がある中でも異例の再審理由とみられ、即時抗告審の行方が注目される。その職務犯罪とはどういうことなのか、弁護団の主張を紹介したい。

 録音されていた排尿音

即時抗告審に入った後の2015年1月30日、検察官が約48時間に及ぶ取り調べ録音テープをあらたに弁護団に開示した(本誌461号で既報)。袴田巖さん(81歳、捜査時は30歳。現在釈放中)が強盗殺人容疑で逮捕された当日である1966年8月18日から、起訴後の9月22日にいたる間の取り調べの様子を録音したものだ。検察官の説明によると、検察官には送致されていなかったテープで、2014年10月に静岡県警の倉庫から段ボール箱に入った状態で計23巻が発見されのだという。
そのうち、否認期にあたる9月4日の録音テープには、何と袴田さんが取調室内で排尿する音まで録音されていた。ジーッというような音とともに液体が何かにあたるようなピシッピシッとも聞こえる音が約10秒録音されていた。弁護団が作成したテープの反訳書によると、その音の前後には、袴田さんの「小便、行きたいんですけどね」という声と、「そこでやんなさい」「ふた(蓋)しとけ」などという取調官の声も録音されていた。

約8分も“がまん”させる

袴田さんが「小便、行きたいんですけど」と発言してから、便器が取調室内に運び込まれるまで最短でも約8分が経過している(録音がいったん中断した跡があるので、それより長い可能性がある)。その約8分の間にも取調官は、一方的に長舌をふるって袴田さんに自白を迫っているのが記録されている。例えば、こんな具合だ。

「いいじゃないか、もう、ここまで来れば。がんばるだけがんばってきただろう、おまえも。お?何も残すことないだろ?何もこれ以上言うことないだろう、おまえ、な。人間だったら、おまえ、こっちの胸飛び込めよ。なあ、そしてねえ、ひとつ胸を開いて、お互いに話し合おうじゃないか」
「潔く往生したらどうだ、おまえさん。おう?それがおまえさんの道じゃないか。ん?袴田、袴田。話できないか?ん?おまえさんがやったことに間違いないんだろ?間違いないんだろ?袴田、おい、お?返事をしなさい、返事を。間違いないんだろ?袴田、返事をしなきゃだめじゃないか」
自白を迫り、ヒタヒタと追い詰めるような取調官の執拗な問いかけや息使いを、文字で表現するのは困難だが、この約8分間の録音を聞いただけでも取り調べ圧力とは相当なものだ、と思い知らされる。

証拠なき有罪確信

9月4日前の8月29日に静岡県警幹部は取り調べの検討会を開き、「袴田の取調べは情理だけでは自供に追込むことは困難であるから取調官は確固たる信念を持って、犯人は袴田以外にはない、犯人は袴田に絶対間違いないということを強く袴田に印象づけることにつとめる…[袴田さんは=筆者注]犯人は自分ではないという自己暗示にかかっていることが考えられたので、この自己暗示をとり除くためには前述のように犯人だという印象を植付ける必要がある」との方針を固めていたことが、同県警が1968年2月に発行した清水事件の捜査記録から判明している。まさに証拠なき有罪確信だったが、取調官の誤った「確信」がリアルに伝わってくる録音内容である。
否認を続ける袴田さんは尿意を表明してから約8分間もこらえ、どんな思いで取調官の言葉を聞いていたのだろうか、と思う。この間に袴田さんが発したと思われる言葉は3回あるが、うち2回は録音が不明瞭で聞き取れない。便器が用意された後、緊張感からか、あるいは羞恥心からか、袴田さんがいったん「でなくなっっちゃった」と言った後に排尿音が聞こえてくる。
取調室内で取調官の見えるような状態で排尿する事態は、どう考えても異常だ(室内に衝立を用意したというような録音もない)。法律以前の問題であろう。短くとも約8分間の引き延ばし自体も人権侵害である、とだれしも思う。

取調官の偽証が判明

実は袴田さんは、確定一審当時から「トイレに行かせてもらえず、調べ室で排尿させられた」と違法な取り調べの実態を主張していた。取調官も、9月4日に清水警察署の取調室内で排尿させたことは認めていた。しかし、理由として「取調室から廊下を通って便所に行くには、新聞記者のカメラが放列をなしているので、袴田がこれを嫌がり、袴田から便器を持ってきてもらいたいとの依頼があったので、取調室内で排尿させた。衝立を立て、その陰でした」という趣旨の法廷証言をしていた(1963年2月19日、静岡地裁第24回公判)。写真を撮られたくないという袴田さんの希望によるもので違法性はない、と警察、検察は主張し、静岡地裁の確定死刑判決も室内排尿について言及していなかった。
ところが、今回の開示テープでは、袴田さんは「写真を撮られるのが嫌だから~」というような発言は一切していなかったことが判明した。逆に取調官が、「便器もらってきて」「ここでやらせればいいから」と他の捜査員に便器持ち込みを指示し、「そこでやんなさい」と袴田さんに命じる発言が明瞭に記録されていた。弁護団によると、便器持ち込みを指示し、命令した取調官の氏名は判明している(すでに死亡)。
また、新聞記者らによる「カメラの放列」についても、弁護団が当時新聞紙面を調べところ、9月4日に撮影された袴田さんの掲載写真はなかった。同日、袴田さんは午前、午後、夜と3回にわたる取り調べを受けているが、朝食、昼食、夕食は清水署一階の留置場でとっており、二階の取調室との間を少なくとも6回は行き来していたことが留置人出入簿から判明している。しかし、4日撮影の掲載写真がないことから(撮影しても掲載しなかった可能性も考えられる)、この日、カメラ放列はなかったのではないか、と弁護団は指摘している。

職務犯罪① 偽証

取調官らによる職務犯罪として弁護団が第一にあげるのは、偽証罪である。取調室内での排尿を袴田さんは依頼していないのに証言したこと。室内に衝立を持ち込んだ事実はないのに衝立を用いたと証言したこと。9月4日にカメラの放列はなかったのに、あったがごとく証言したこと。弁護団は、これらの法廷証言は偽証罪にあたり、警察・検察に有利に裁判を進めるためという偽証の動機も認められるとしている。

職務犯罪② 特別公務員暴行陵虐罪

刑法は、「裁判、検察もしくは警察の職務を行う者…が、その職務を行うにあたり、被告人、被疑者…に対して暴行または陵辱もしくは加虐の行為をしたときは、7年以下の懲役または禁錮に処する」と特別公務員暴行陵虐罪を規定している。弁護団は、取調室内で排尿させたこと自体が陵辱に該当するとしている。
陵辱については、「精神的または肉体的苦痛を与えると考えられる行為に及べば足り、現実にその相手方が承諾したか否か、精神的または肉体的苦痛を被ったか否かは問わない」とした判例があるという。袴田さんが辱められ、精神的苦痛を感じたことは自身の確定一審の法廷証言からも明らかである。さらにまた弁護団は、約8分間、排尿をこらえさせたこと自体も加虐にあたるとしている。加虐とは、有形力の行使以外の方法で肉体的な苦痛を与えることとされ、袴田さんが尿意を訴えているにもかかわらず、がまんさせ、その間執拗に自白を迫った行為は「実に忌まわしい加虐行為」と非難している。

職務犯罪③ 接見盗聴は公務員職権乱用罪

開示された録音テープには、テープの外箱に「8月22日 No.2 午後4時40分~45分 岡村弁ゴ士」とメモされたものがあった。録音内容を確認すると、弁護士らしい人物が袴田さんの家族から弁護を頼まれた趣旨を説明し、「検事に会って、面会許可をもらって[きた]」「私とうちにいる弁護士、二人ついている」「子供のことは心配するなってな、みんなして面倒みるから」などいう言葉が約5分にわたり録音されていた。
これに応じる袴田さんの言葉としては、「パジャマにね」「血がつた」「そう言われても僕わかんないですよ」「全然知らないのに」などの言葉が断片的に録音されていた。
弁護団は、当時、袴田さんの弁護人を務めていた岡村鶴夫弁護士が袴田さんの逮捕後初めて接見した8月22日の様子を捜査官が密かに盗聴録音したことが明らかだ、としている。
刑事訴訟法は、被疑者や被告人と弁護士が立会人なくして接見できる旨(いわゆる秘密交通権)を規定している。それにもかからず、警察が接見を盗聴していたことは、公務員職権乱用罪にあたる、と弁護団は主張している。

盗聴を知っていた袴田さん

袴田さんは、取調官ら警察官が弁護士との接見を盗聴していた、と確定審の上告趣意書で訴えていた。その中で袴田さんは次のように語っている。
「弁護人と接見する際には、刑事等前もって私に対し弁護士に言いつけたら後で半殺しにしてくれるからなあ、と言い渡し、刑事等が盗聴しているのであります。でありますから、私に対する拷問、虐待、長時間の法を犯した取り調べの真相を弁護人に訴えることができなかったのであります…刑事等の違法行為を弁護人に訴えれば、その後の反動的な取り調べで、私は生命にも係る拷問虐待を強いられることは火を見るよりもあきらかであったのでございます」
今回、その接見が盗聴されていたことを示す録音テープが開示されて初めて袴田さんが訴えていたことが真実であったことが明らかになった。実に捜査時から50年越しに白日のもとにさらされた。検察へ未送致とされる証拠を含めて、証拠開示の重要性があらためて気づかされる思いだ。

職務犯罪④ 盗聴否定の偽証

接見時に袴田さんが盗聴されていること訴えることができなくとも、当時の弁護士は、それとなく接見盗聴を疑っていたのかも知れない。確定一審の第24回公判で、取調官が証言台に立った際、袴田さんの弁護士(原隆男・弁護士)は、「接見の内容を盗聴器で聞くようことは絶対にないですか」と、実にストレートな質問を浴びせていた。これに対し、取調官は「はい、ございません」と、これもまた明瞭に否定していた。接見盗聴を公判廷で否定したこの取調官は、主任取調官で前述の便器持ち込みを指示し、室内排尿を袴田さんに命じた人物でもあった。
弁護団は、この取調官が盗聴を否定した法廷証言は偽証罪にあたるとしている。

職務犯罪⑤ 虚偽公文書作成罪

今回開示された録音テープの内容とは離れるが、弁護団は、清水事件で長く問題となってきた「五点の衣類」のうち、鉄紺色ズボンの寸法についても、警察官の犯罪があったとしている。袴田さんは確定控訴審で3回にわたり、このズボンを装着してみたが、袴田さんの太もものところで止まってしまい履けないものだった。
なぜ、履けないズボンが犯行着衣と認定されたのか。ズボンを含めた「五点の衣類」は事件発生から1年2か月後の1967年8月31日に袴田さんが働いていた味噌工場の味噌タンクから発見されたのだが、発見の模様を記録した実況見分調書(9月4日付)には、ズボン内側の寸法札に「寸法4 型Bと記載されている」と記録されていたからだった。
後に、「型B」とは肥満型の人向けのタイプで、「B体はウエストサイズ84㌢であった」とズボン製造会社F社の役員が法廷証言(ただし、本件ズボンがB体だ、とは証言しなかった)するなどしたため、販売時にウエストが詰められるなどして犯行時にはウエスト約80㌢あり、ウエスト約76~80㌢の袴田さんは6履けたはずだ、と認定された。実際に法廷で実物のウエストを計ってみると、68~70㌢であり、袴田さんより約10㌢も小さなものだった(本件ズボンを袴田さんが試着した写真を見ると、ズボンは腰まで上がらず、太もも部分で止まっていることが分かる)。にもかかわらず、ズボンの素材が乾燥して縮んだとか、袴田さんが逮捕、勾留中に太ったからだなどという理由で犯行着衣と認定されたシロモノだった。

判読不明だった寸法札

実況見分調書に「型B」と記載した捜査員の名前は判明している。この調書に写真の添付はなかった。ところが、発見当日である8月31日には寸法札の写真撮影がなされており、この写真によると、Bの左横の文字あるいは記号は滲んでしまって判読不明で、とても「型」と読めるものではなかった(撮影していた事実が明らかになったのは、確定控訴審の段階だった)。実況見分調書に「型」と記載した捜査員は、実際には判読できないのに「型」と記載したことになる。弁護団は、この判読できないにもかかわらず、あえて「型」と虚偽の記載をしたことが、有印虚偽公文書作成罪とその行使罪にあたる、と主張している。

「色」と「Y体」の隠蔽

判読できないものを「型」と記載した事実は、重い。この背景には、捜査側の重大な悪意が潜んでいたことが判明している。実は、静岡県警捜査本部はズボン発見直後の9月4、5日にF社に捜査員を派遣し、Bは大きさや体形を表す記号ではなく、色調を表す記号で、Bの左脇にある滲んだ文字はもともと「色」と記されていたことを把握していたのだった。さらに9月中旬には、「Bは色調を表す記号で、グリーン系であることを表していた」という趣旨のF社専務の供述調書や、「本件ズボンの巾から判断すると、普通の体格で若向き用のY体である」という趣旨の縫製従業員の供述調書も作成していた(これらの調書が弁護側に開示されたのは、第二次再審が静岡地裁で審理されていた2010年9月13日になってからだった)。
つまり9月4日付の実況見分調書で、判読不明なものをあえて「型」と読み、その直後に「色」であることが判明したにもかかわらず、県警は訂正もせず、これを隠蔽していたのだった。従業員の言う通りY体であるなら、鉄紺色ズボンはY体4号のズボンであり、その規格はウエスト76㌢、小売店で約3㌢詰められているので販売時には約73㌢だったとみられる。実測値が68~70㌢とすると、何らかの理由でさらに5~3㌢ほど縮んだことになる。どのみち、袴田さんには履けないズボンだった。
寸法札には「寸法4 色B」と記載されていたのだった。「寸法」は読み取れるのに、なぜ「色」の部分だけ判読不能になっていたのか、不思議である(「寸法」「色」の文字は不変であるため、同じ素材で印刷されていたのかも知れない。「4」「B」は変動するため、別の素材で記載されたものと思われる)。
筆者があえて邪推すれば、実況見分調書が作成されたのは、実際は9月4日ではなく、「色」であることが判明して以降の9月中旬ころではなかったか、と思われる。8月31日が撮影日とされる寸法札の写真自体も、実は9月中旬ではなかったのか。その間に、「色」の部分だけを読めないように何らかの工作をしたのではないか。静岡地裁の再審開始決定で、ズボンを含めた「五点の衣類」全体の捏造が指摘された現時点で、この邪推はささいな的外れかも知れない。いずれにしても、実況見分調書に「型」と虚偽記載し、これを隠していた罪は重い。

異例の「7号申立て」

事件の捜査にあたった警察官による取調室内排尿に関する偽証罪、排尿それ自体に関する特別公務員暴行陵虐罪、接見盗聴に関する公務員職権乱用罪と偽証罪、ズボンの寸法札に関する有印虚偽公文書作成罪。これら5件の犯罪が成立するとして、どうして再審理由になるのだろうか。
袴田さんが虚偽自白に陥った後に、警察官が作成した自白調書はすべて任意性がないとして排除され、確定死刑判決の証拠にはなっていない。だから、室内排尿と有罪認定の証拠とは、直接的な結びつきはない。5件の職務犯罪の発覚は、刑事訴訟法435条6号が再審理由として規定する「無罪…を言い渡[す]…べき明らかな証拠をあらたに発見した」場合には、直接的には該当しにくい。多くの再審事件は、この6号による無罪証拠をかかげて争うケースだが、今回、弁護団は、同条7号に規定された職務犯罪が証明された場合にあたる、と主張している。

適正な捜査を求める7号規定

435条7号は、証拠の作成に関与した警察官や検察官らが「被告事件について職務に関する罪を犯したことが確定判決により証明されたとき」は再審請求できるとしている。この規定はそもそも適正な公務執行や裁判の公正さを確保するために設けられたとされる。ここにいう「職務に関する罪」とは何を指すのか。同様の規定が置かれた旧刑事訴訟法の時代には贈収賄など汚職関連の罪に限定されるという判例(1937年6月8日、大審院判決)があるそうだが、弁護団によると、限定的に解釈する理由はなく、幅広く解釈するのが有力だという。
袴田さんの場合、逮捕、取り調べ、起訴、公判と進む経過の中で、それらに関係した警察官らが本来の職務に密接に関連して犯した犯罪も含まれる、というのが弁護団の見解だ。室内排尿させることは本来の警察官の職務ではないが、取り調べという本来職務に密接に関連してなされたものである。法廷偽証は、取り調べという本来職務の状況を証言する際に行われたものだ。寸法札に関する虚偽公文書作成は、本来職務である実況見分調書作成にあたりなされたものであり、本来職務そのもので犯罪を行ったことになる。

横浜事件では6号で再審開始

筆者はこれまで捜査に関係した警察官に対して偽証罪が成立し、有罪判決が確定したという例を知らない。横浜事件では、捜査にあたった特高警察官に対し特別公務員暴行傷害罪(物理的に有形力を行使した暴行によって傷害した)の有罪判決が確定しているが、再審理由としては6号の無罪証拠として扱われ、最終的に認められた(横浜事件第三次再審請求の東京高裁即時抗告審決定、本誌468号参照)。捜査関係者の職務に絡んだ犯罪が立証されるケースが極めてまれであるため、7号を理由として再審請求することは困難だ。これまでの著名再審事件では、ほとんど例がないのではないかと思われる。

確定判決がなくとも事実の証明で

7号は、職務犯罪が「確定判決により証明されたとき」と規定しており、警察官らの確定有罪判決を求めている。清水事件では、排尿させた取調官らの確定有罪判決はない。偽証の公訴時効は7年、特別公務員暴行陵虐罪は5年、有印虚偽公文書作成罪は7年で時効になる。それらの犯罪は約50年も以前の行為であり、とっくに時効が成立している。しかもすでに死亡している取調官もいる。確定判決は得られそうにない。
再審の手続きに関する刑事訴訟法の規定は数少ないが、その中の437条に、警察官らの「確定判決を得ることができないときは、その事実を証明して再審の請求をすることができる」という規定がある。今回、弁護団はこの規定を援用している。開示された録音テープの内容から、偽証や陵虐、盗聴の事実が合理的疑いを超えて明かであり、実況見分調書の虚偽記載も寸法札の写真などから明らかだ、としている。

理由の追加は認められるか

7号による再審申立て理由の追加には、もう一つの課題がある。清水事件は第二次請求審一審の静岡地裁で再審開始決定が出て、即時抗告審の段階にある。請求一審段階で主張しなかった再審理由7号を、抗告審段階であらたに主張することが認められるかどうか、である。
著名な白鳥事件の再審請求で、最高裁は、請求一審段階で主張しなかった再審理由を請求二審以降に主張するのは不適法だ、という趣旨の決定を出している(1975年5月20日、最高裁第一小法廷、白鳥決定)。また、狭山事件の第二次再審請求では、異議審で同じ6号の無罪証拠をあらたに追加することは不適法という趣旨の決定を出している(2005年3月16日、最高裁第一小法廷決定)。
しかし、清水事件弁護団は、これらの判例を「形式的かつ硬直的な運用である」として非難している。具体的に清水事件の第一次再審即時抗告審では、東京高裁が職権であらたに「五点の衣類」のDNA型鑑定を採用したことがあり、請求一審ではなかった新事実や新証拠を抗告審の審理対象にしたことがあった。抗告審段階であらたな無罪証拠を提示することが不適法なら、この場合、東京高裁自らが判例違反を犯したことになってしまう、と弁護団は指摘している。室内排尿や取調官の偽証は、抗告審段階になってから検察官が開示した録音テープによって初めて明白に証明されたわけで、その主張を封じることは無辜の救済という再審制度の理念を著しく損なうものと言わなければならない。

おとり捜査事件で7号再審

435条7号を再審理由に追加することに関連しては、最近のニュースがある。1997年に北海道小樽市で拳銃を所持していたとしてロシア人船員が銃刀法違反で逮捕され、懲役2年の有罪が確定した事件があった。この事件の弁護団が「警察の捜査協力者である人物が、拳銃を持ち込むよう船員に求めた違法なおとり捜査だった」とする元捜査員の新証言などを6号の無罪証拠として再審請求したところ、札幌地裁は元捜査員らの証人尋問などを行った上で2016年3月3日、これを認め「おとり捜査による違法収集証拠を排除すると、犯罪の証明がない」などと6号の理由があるとして再審開始を決定した。
これに検察官が即時抗告したが、札幌高裁(裁判長・高橋徹、裁判官・瀧岡俊文、深野栄一)は同年10月26日、6号の再審理由にはあたらないとした上で、あらたに職権で7号の理由があると判断して再審開始を支持、即時抗告を棄却し、確定した。同高裁は、元捜査員らはおとり捜査を隠蔽するため捜査協力者が存在しなかったような虚偽の捜査書類を作成しており、これが虚偽公文書作成罪にあたり7号に該当する、公訴時効などで確定有罪判決は得られないものの「合理的な疑いを超えて証明されたと認めることができる」ので437条にも該当すると判断した。この弁護団は一貫して6号による再審開始を求めており、7号、437号の適用はまったく主張していなかったにもかかわらず、である。
先の白鳥決定が、6号以外のあらたな再審理由を請求二審以降で主張することは許されない判例とするならば、銃刀法事件再審の札幌高裁は、これまた職権で重大な判例違反を犯したことになってしまうのではないだろうか。ちなみに、このロシア人船員には2017年3月7日、札幌地裁の再審公判で無罪が言い渡され、確定している。7号再審が極めて異例な中で、小樽銃刀法事件の再審例は清水事件再審の行方に大きな影響をもたらすとみられる。

旧有罪証拠が虚偽の場合

有印虚偽公文書作成罪が成立すると清水弁護団が主張する「型」記載の実況見分調書は、新しい証拠ではなく確定死刑判決の証拠として標目にかかげられている。再審の理由として刑事訴訟法435条1号は「原判決の証拠となった証拠書類または証拠物が、確定判決により偽造または変造であったことが証明されたとき」と規定しており、ここにいう「偽造」には、作成権限のある者による虚偽証拠(「型」と記載した実況見分調書)も含まれるとされる。弁護団は、実況見分調書が虚偽証拠と確定判決で証明されたわけではないが、「証明されたことに該当する」と主張し、同条1号理由による再審申立ても追加している。

テープは6号新証拠

清水弁護団は、取調官の偽証などを明らかにした録音テープの反訳書などは、435条7号、437条だけでなく同時に、435条6号の無罪を言い渡すべき新規明白な証拠でもある、とも主張している。警察官の職務犯罪行為は、「五点の衣類」の捏造へつながったことを強く推認させ、再審開始決定の正当性を一層強固にする新証拠にも該当するというわけである。
2016年12月21日に東京・霞が関で記者会見した西嶋勝彦・弁護団長は「即時抗告審はDNA型鑑定だけが焦点ではなく、違法な捜査だったことを世間の人々にわかっていただきたい」と強調した。小川秀世・弁護団事務局長は「重大な職務犯罪が行われていたことが明らかになった。数々の違法行為が積み重ねられており、7号理由だけで再審開始が確定してもおかしくはない状況だ」と語った。
村﨑修・弁護士は「取調室内における排尿は、拷問に匹敵することが行われたことを示している。そうした違法捜査の体質は、即時抗告審に入って密かに大規模な味噌漬け実験をしていたことに表れているように現在も続いている」と指摘した。
清水再審はもはや、検察官が一刻も早く即時抗告を取り下げ、再審公判を始めるべき時期ではないだろうか。