即時抗告審、最終スケジュールが決定

 

 

3年前、静岡地裁の再審開始決定で袴田巖さんは死刑の執行停止と拘置の停止で釈放されましたが、検察が即時抗告。東京高裁での審理が続けられてきました。11月6日の審理(裁判官、検察官、弁護人の三者協議)の後、弁護団が記者会見、その内容を明らかにしました。

  • 9月に実施されたDNA型鑑定についての鑑定人尋問(本田克也・筑波大教授と鈴木広一・大阪医大教授)で審理を終結。そこまでで審理が尽くされたと判断し、
  • 今後は、来年1月19日までに検察官、弁護人の双方から最終意見書を提出、それへの反論の意見書を2月2日にそれぞれが提出。
  • 裁判所はその両者を検討の上、3月の年度末以内にできるだけ早く結論を出す。

即時抗告審、高裁の決定は年度内に出される見通しとなりました。

即時抗告審では、DNA型鑑定の内容が焦点とされてきました。3年半前の地裁での再審開始決定の主要な根拠となったのが、本田教授のDNA型鑑定でした。袴田さんと事件を関係づける証拠、唯一の物証であった「五点の犯行着衣」が袴田さんのものであるという検察の主張が崩れたのです。「犯行着衣」には大量の血液が付着していたのですが、DNA型を調べたところ、その血液は4人の被害者のDNA型と一致せず、また、袴田さんのDNA型とも一致しないという驚くべき鑑定結果が明らかにされたのです。「犯行着衣」には、ズボンは袴田さんが穿けなかったことなど、それ以外にも捜査機関のでっち上げを示す点が沢山ありました。DNA型鑑定の結果は「ねつ造」を推認させる理由の決め手でした。その点を皮切りに、検察側の提出した証拠や自白の全てに疑問符が付けられ、「ねつ造」という言葉まで使われました。

静岡地裁の決定はこう喝破しています。「これ以上拘置しておくのは捜査機関によってねつ造された疑いのある重要な証拠によって有罪とされ、極めて長期間死刑の恐怖の下で身柄を拘束されてきた。無罪の蓋然性が相当程度あろことが明らかになった現在、これ以上、袴田に対する拘置を続けることは、耐え難いほど正義に反する状況にある。よって、裁量により、拘置の執行も停止する。」という日本の裁判史上画期的な決定が出されました。

検察による高裁への即時抗告請求の主要な根拠が、このDNA型鑑定に対するものでした。検察からの要求を受けた高裁が、本田鑑定の再現実験を依頼したのが鈴木教授でした。鈴木教授は、本田鑑定の手法(選択的抽出法)を忠実に再現するのではなく、実験器具も別のものを使っていました。それで本田鑑定の選択的抽出法とバナジウム法を批判したのです。鈴木教授の意見書は本田鑑定を否定するもの足りえない、その点が9月末に行われた鑑定人尋問で明らかになりました。

さらに、弁護団は本田鑑定の忠実な再現実験を、DNA型鑑定には素人の学生と弁護士が挑戦して見事に再現できました。そのビデオ映像を提出、証拠として採用されたのです。これで決まりでした。

検察からは、審理を続行したいという意見もなかったようです。弁護団は、これで検察が即時抗告に期待したことは完全に崩れてしまったと判断。あとは、検察の最高裁への特別抗告ができないよう、高裁が原審の決定(地裁での再審開始決定)を不動のものとする即時抗告棄却決定を出すよう主張したいと表明しました。

弁護団は、別に、再審理由の追加申立補充書を高裁に提出。警察の取り調べを録音したテープの解析などから、警察の捜査に違法な手口(有印虚偽公文書作成など)が発見されたと主張しています。

 

再審の今後ですが、様々なケースが想定できます。

第2次再審請求の即時抗告審は、来春決着です。しかし、再審無罪までの道のりはまだまだこれからです。来春、再審開始決定が支持されて再審が決まると、今度は再審公判に移ります。

過去のえん罪事件、足利事件と東電OL事件では、DNA型鑑定の結果で検察官が白旗を掲げました。確定判決が覆されたのですが、検察が再審公判で「無罪」の主張、「無罪」の論告に踏み切り、検察と裁判所が被告に謝罪するという異例な結末を迎えました。検察、裁判所はいつも悪魔の僕ではなく、潔く自分の過ちを認めることがあったのです。

今回、東京高検はその例に習い、即時抗告を取り下げ、再審公判で無罪を主張するべきなのです。誰もが過ちから自由ではないのです。過ちを認めることを憚っていては、返って国民からの信頼を失うことになるのですから。これが、最善で最短の解決となります。

次の可能性ですが、高裁が即時抗告を棄却(=再審開始決定が高裁で認められること)となると、検察が最高裁へと不服申立(特別抗告)することが考えられます。最高裁での特別抗告審に移るのです。最高裁で特別抗告が棄却(=再審開始決定が最高裁で認められること)になると、今度は再審公判が静岡地裁で開かれることになります。

ここで問題になるのは、再審請求審でも再審公判でも、再審開始決定や無罪判決に対する検察の不服申立(抗告)が日本の司法で認められていることです。日本の司法制度は、コモンロー(英米式司法)なのですが、英米では検察の不服申立は許されていません。再審において検察の抗告を認めるということは、無辜を救済するシステムという再審制度の立法意思に反するからです。検察の広告は、日本の司法が未だに「推定無罪の原則」「疑わしきは被告人の利益に」という人権を重視する近代司法の考え方に抵抗していることの証左なのです。

いずれにしても、2014年の再審開始決定からの裁判の流れからすると、再審無罪という結論は疑いようがないと思われます。問題なのは、時期です。袴田巖さんはいつになったら汚名を挽回し、名誉回復とともに何の恐れもなく生活できるようになるのか。そこが問われているのです。袴田巖さんがえん罪で逮捕されたのは、1966年、30才のときでした。半世紀の星霜が流れ、今は81才。共に暮らす姉のひで子さんは84才になっています。

謙虚に反省しない検察・司法当局ならば、「天に満ちる怒声(どせい)に撃たれよ、地を覆う呻(うめ)きに慄(おのの)き、民の怨嗟(えんさ)を浴びよ。歴史の鉄槌を甘んじて受けよ。」かつて先達者が唱えた台詞を、もう一度繰り返したい。