大島決定著しく正義に反する重大な事実誤認!最高裁は直ちに再審開始を!

 

2018年6月11日東京高裁大島裁判長は、静岡地裁村山裁判長の再審開始決定を取り消し、40年前の死刑判決を維持するとんでもない決定を出しました。この決定は本田教授によるDNA鑑定の『手法が信用できない』として、40年間積み上げてきた弁護団による無罪の証拠をことごとく排除し、検察の主張を一方的に認める著しく偏ったものです。

 

静岡地裁の決定では『捏造の可能性』まで指摘された「5点の衣類」の数々の疑問に対し、検察すら言っていない『捏造するのであれば袴田が普段はいていた寸法に合わせるはずだ』とか『ズボンの損傷が不自然なのが自然』で『捜査機関が捏造するのなら、わざわざ不自然なやり方をするとは考え難い』と何の根拠もなく検察の主張を補強しています。そしてこのような偏見と思いこみによって『捜査機関にはパジャマでの犯行という、供述と矛盾する捏造をする動機がない』と静岡地裁の決定と180°異なる結果になるのは当然だと言えます。まさに弁護団が指摘するように『初めに結論ありき』で検察の意見を丸写しの決定で、無実の人を死刑にするかもしれない(検察の主張に合理的な疑いがないか)という恐れと真摯な態度が全くうかがわれません。高齢の袴田さんと家族にとって一日千秋の日々をもて遊び、裁判官の責任を放棄した、こんないい加減な決定で袴田さんは再拘束され、死刑が執行される道がまた開かれてしまったのです。

 

全文で123ページのこの決定文は57ページまでがDNAに関する記述で、当然DNA鑑定などしたこともない裁判官にとって借り物の議論でしかないわけですが、他の個所も根拠のない憶測と机上の空論によって他人(検察)の言葉を自分の意見のように述べているだけのものです。1つ1つこれらに反論し事実を積み上げていく中で、刑訴法411条第3項『重大な事実誤認』があって高裁決定を破棄しない限り、『著しく正義に反する』ことを明らかにしていくことが必要です。ここでは私たち「浜松 袴田巌さんを救う市民の会」が注目してきた『すねの傷』の部分だけ紹介したいと思います。

 

 

/11東京高裁決定より

◆「すねの傷」に関する部分の記述(全文)

《P72下から2行目よりP74上から4行目まで》

なお、弁護人は、○○(専務)との格闘の際に向う脛を蹴られたとの自白に相応するように事件後の昭和41年9月8日には袴田の右下腿前面に比較的新しい打撲擦過傷が認められ鉄紺色ズボンの右足前面のかぎ裂き様の損傷があった旨認定している所、同年7月4日に〇〇(山田医院)で受診した際の記録や同年8月18日に実施された身体検査の調書にも記載がなく、そのような傷は、逮捕時の袴田には右足すねの傷は存在せず、その後に生じたものであることが明らかになったとし、袴田の自白は事実に反するもので、このことは鉄紺色ズボンの損傷は、その自白に合わせて捏造されたものであることをうかがわせるという。しかしながら傷の成因は別としても、袴田の右下腿部には本件発生日から打撲擦過傷痕があったこと自体は、確定審において袴田自身が一貫して認める供述をしているのであって、同年7月4日に医師の診療を受けた際や同年8月18日の逮捕直後の身体検査においては、袴田の申告や供述から容易にわかる顔部や腕部等にある傷であれば医師や係官が見逃すはずはないとはいえるものの、袴田を全裸にでもしない限りはズボンに隠れている場所の傷まで発見することは困難であって、診療の目的や逮捕直後の身体検査の所要時間等から見て、そこまで徹底した検査が行われたとは考え難く、所論のような根拠で、逮捕時の袴田の右すねに傷がなかったとは言えない。また、鉄紺色ズボンの損傷が蹴られた際に出来たものであるかのような控訴審判決の認定については、通常〇〇(専務)が裸足であればもちろん、仮に靴を履いていたとしても、〇〇(専務)に蹴られることによってカギ裂き様の損傷がズボンに生じるという可能性は低いことや、傷の形状とズボンの損傷の形状が必ずしも整合しているともいえないことから疑問がある。そうであるとしても、控訴審判決は、自白と鉄紺色ズボンの傷が適合する旨を補足的に述べたにとどまっている上、鉄紺色ズボンの損傷の成因は、家屋への進入の際や犯行の際の何らかのものとの衝突・擦過を始め種々のものが考えられるのであって、鉄紺色ズボンと本件の結びつきが否定されるものではない。また、仮に、捜査機関が鉄紺色ズボンを犯行着衣として捏造するのであれば、通常何かに引っ掛けた際に出来るカギ裂き様の損傷や成因が自白でも説明されていない損傷を数か所もズボンに作るなどということは考え難い。結局、弁護人の主張は採用できない。(   線、太字は筆者)

 

それでも『すねの傷』はなかった!!

◇無知と偏見、あまりにもひどい大島決定の内容

私たち浜松袴田巌さんを救う市民の会は東京高裁の控訴審の段階で事件直後や逮捕時の記録の全てに『すねの傷』がないことを発見し、「冤罪の証拠その5すねの傷の真実」をホームページに載せ(*1)DVDを作成し、『すねの傷』が逮捕後に出来たものであることを明らかにしてきました。6/11大島決定では123ページにのぼる全文で3分の1をDNAの不毛な科学論争に終始し、たった1ページと数行(上記)をこの問題に割き反論している。ぜひもう一度私たちの文章と見比べていただきたい。

 

8月18日の逮捕当日、3回の身体検査ですねの傷を発見できなかった言い訳は検察の意見書と全く同じです。しかしながら、この決定文がひどいのは検察の稚拙な弁解を擁護するだけでなく、検察すら言っていない「全裸にでもしない限り…発見は困難である」と言い切っている事です。裁判所が出す身体検査令状の意味を裁判所自ら否定するものです。写真や指紋を取るだけなら令状は必要なく、わざわざ裁判所が許可して令状を出すのは、事件と関係する傷などを徹底的に調べるために、身体検査を行う必要があるからです。刑訴法218条第2項は身体検査令状は被疑者を裸にすることを前提に書かれています。小学校の身体検査でさえ、パンツ1枚で行われるのが常識なのに、一家4人殺し、強盗放火事件である本件でズボンをはいたまま身体検査なるものを行ったなどとは到底考えられません。事実、事件発生と同じ昭和41年、選挙違反や駐車違反などで逮捕された女性が全裸にされ、陰部まで調べられ、それが人権問題になっているという資料(*2)を私たちは確認しています。裁判官自身の無知とありえない空想による結論が「すねの傷はなかったとは言えない」であって、裁判官が自信を持って「すねの傷はあったとは言えない」ことは明らかです。大島裁判長、それでも袴田さんを死刑にしますか?

 

◇裁判所は検察の味方か?裁判官に良心はあるか?

さらに決定文は控訴審判決での「専務に蹴られたすねの傷」のくだりを矮小化して、補足的に述べているだけだと言っていますが、東京高裁の控訴審判決文はこう述べています。

 

「パジャマを着て犯行におよんだとする点等に明らかな虚偽があるが、この点については味噌タンク内の衣類が未発見であるのを幸いに被告人が捜査官の推測に便乗した形跡があり、これを根拠に調書全体の信用性を否定するのは相当ではない。専務との格闘の際に腿や向こう脛を蹴られたとの自供内容に相応するように事件後の9月8日には、被告人の右下腿中央から下部前面に4か所の比較的新しい打撲擦過傷が認められたうえ、事件後1年2か月経った頃発見された鉄紺色ズボンには右足前面に2,5cmx4cmの裏地に達するカギ裂きの損傷があった。」(1976年5月)

 

今回の高裁決定文の特徴は「…に疑問がある」と一見弁護団の主張を取り上げるふりをしながら「そうであるとしても」という形で40年という歳月を経るなかで新たな矛盾を積み上げてきた再審の流れをすべて否定して、40年前に時計を撒き戻すという全く許すことができないひどい内容です。無実の人を死刑にするかもしれないという真摯な態度のかけらもない軽薄な文章に怒りがこみ上げてきます。

 

中学生程度の国語力の持ち主なら、確定判決の「自供内容に相応するように」は「打撲擦過傷が認められたうえ」と「かぎ裂きの損傷があった」の両方に対等に掛かる文(並列)だということが理解できます。これのどこが「補足的に述べたにとどまっている」と言えるのでしょうか?公判で袴田さんと事件を結びつける証拠が何もなく、犯行着衣の訴因の異例の変更によって、供述調書の信用性、任意性が大きく揺らぐ中、唯一袴田さんの供述の信用性を裏付けるのがすねの傷であったのです。

 

そして5点の衣類のズボンに残る傷はこの時できたものであるとすることが重要でした。決定文が言うように何かの途中で衝突,擦過したものであれば犯行着衣としては認定し難く、殺人と放火の現場の混乱する状況下で偶然すねの傷と同じ場所に、それを類推させるようなズボンの損傷が、全く関係ない移動中の事故によってできること自体あり得ないからです。確定判決文ではズボンの損傷がすねの傷に相応しているかのごとき表現をすることで、すねの傷との関連を印象付け、その結果鉄紺色ズボンが犯行着衣として認定され、袴田さんの自白が真実であるとされたのでした。この文脈から少なくとも5点の衣類が発見されて以降、50年近くズボンの損傷は専務との格闘の際に出来たものであるとの認識を弁護団も疑うことは有りませんでした。

 

それなのに今回、検察が言ってもいない他の場所で出来た可能性を、裁判官が検察の主張を正当化するために持ち出すことに驚きを禁じえません。それは検察の矛盾に助け舟を出すに等しい事です。検察と裁判所がグルになったらもうこれは裁判ではありません。この大島決定の性格は本田鑑定を否定することで他の矛盾に目をつむり、検察の主張を代弁するひどいものですが、すねの傷についても全く同様でお話になりません。

 

◇憲法第38条;違法な取調べでの自白は証拠にならない!

裁判所も検察官同様、ことあるごとに「確定審において袴田自身が一貫して認める供述をしている」「自白でも説明されていない損傷」などと、自らの主張の正当性のために、自白をゆるぎない前提のように持ち出します。しかしながら、裁判官自身がこの決定文の中で逮捕後の異常な取調べを認め「自白の任意性、信用性に疑問」としている自白は、平均で1日12時間以上にも及び、トイレにも行かせないなど違法な取調べの結果引き出されたものでした。しかも45通のうち44通は自白に任意性がないといって取り上げられなかった支離滅裂なものでした。

袴田さんを何としても殺人犯に仕立て上げようとする検察はともかく、検察の主張に合理的な疑いがないかを判断するべき裁判官が、信頼性のない自白をタテに論理展開をすることは自己矛盾で、絶対にしてはいけないことです。

 

本当に袴田さんは公判の過程ですねの傷を一貫して認めていたのでしょうか?

事件当夜6月30日に負傷して、警察官が初めてすねの傷の存在を知ったという9月6日は傷が出来てから68日後になります。一般に肉が露出するほどひどい擦過傷を負ったとしても、2か月以上経過すればかさぶたも取れ、ほとんど傷が判別できないくらいに回復します。事実、袴田巌さんは2017年7月13日に自宅近くの公園の10数段の階段から転倒して転げ落ち、顔面強打で腫れ上がり、下腿の擦過傷は肉が露出するほどひどく、救急車で浜松医療センターに入院することになりましたが、2週間ほどでほぼ完治しました。この時袴田さんは81歳、30歳の袴田さんならばもっと回復は速かったと推測されます。

事件後68日経っても存在していた傷は、逮捕時まで全く発見されなかったミステリーは不問にするとして、自白をした時点ではほぼ完治していたと思われます。傷を負った直後の痛みはそれなりに記憶にとどめることはできても、完治していく傷の存在を人はどこまで記憶にとどめることが出来るのでしょうか?

9月6日に8,5cmあった傷が2日後には3,5cmに縮み、しかもすねの傷とズボンの損傷との関連が問題になるのは、1年2か月後、5点の衣類が発見されて以降です。袴田さんは自身の認識として、右手中指の傷と右肩の傷は消火作業の途中で負傷したと自覚し公判でも述べています。すねの傷に関しては上記のような理由で、記憶に不確かなまま、一連の行動の中で負傷したものと判断したとしてもおかしくはありません。公判の場で記憶にないものを答えようとして述べたことが「一貫して認めていた」とされたのです。

 

さらに検察は供述調書を取り上げて「臨場感を持ってこれがその時の傷ですと袴田が証言した」といっていますが、排除された警察官による員面調書に証拠の価値は全くありません。自白にしても、開示された録音テープには調書を棒読みさせられる袴田さんの声は残っていますが、自白に転ずる瞬間の録音だけはありません。結局、すねの傷に関しては自白以外に物証はなく、違法な取調べの結果、自白を強制されたもので、警察官の作文(9・6調書1961丁)を見せられても到底信用できません。

 

◇2回の診察での重大な事実誤認=検察の意見書丸写しの誤り

大島決定には重大な事実誤認があります。すねの傷について、まともに検証することなく検察の意見書をそのまま書き写しただけの決定文は、『袴田の申告や供述から…』と7月4日及び8月18日に袴田さんが申告や供述をしたかのように言っていますが、事件とは無関係の袴田さんが逮捕前の診察で申告や供述をする理由がなく、そもそも7月4日の山田医院の診察は、前日に浜北の実家近くの福井医院で中指の治療をした袴田さんにとって不要なものでした。

折しも7月4日は「容疑者に従業員H浮かぶ」と毎日新聞がスクープをした日です。清水に戻った袴田さんは同僚に強く勧められ、山田医院の診察を受けるのですが、そこに被害者の解剖をした警察医鈴木俊次がいて、鈴木医師自ら創傷検査を行い「傷はすべて見た」と公判で証言し、カルテにも記載されましたがその中に「すねの傷」はありません。福井医院の診察では「金物のような鈍い物」という見立てが、山田医院の診察では「鋭利な刃物の可能性」になり、事件との関連を示唆する重要な証拠になるのです。

この事実から鈴木医師は明らかに証拠になることを認識したうえで診察に臨んだといえます。それでも「すねの傷」は発見できなかった。そういう状況の下で申告云々は関係なく、一方的な診察であったわけで、そもそも検察が申告といったのは福井医院でのことを述べているのを、検察の文章を切り取った裁判官が申告という言葉を使って重大な事実誤認をしたのです。

 

福井医院での診察は、いつものように週末に実家に帰った袴田さんが、消火作業の際負傷した中指の傷が化膿しかかっていたので受けたのですが、このことを検察は「袴田は中指の傷については申告したが、すねの傷は犯行と関係があることを恐れて申告しなかった」と袴田さんは嘘をつくずるい奴だと決めつけて、この申告という言葉を使っているのです。

しかしながら、前述のように68日経ってもなお、変化しつつある傷は、事件から4日後の7月3日の時点では相当重傷であったはずで、指の傷の受診の際に同時に受けることが自然です。検察の言うように事件との関連でいえば、中指の傷こそ隠していたはずです。専務との取っ組み合いの最中に負ったという傷は、本当にくり小刀でできた傷ならば、犯人は一番隠したい傷のはずです。それに比べてすねの傷は、どっかで転んだとかどんな風にも説明はできます。それを検察の推理のように、中指だけ申告して、すねの傷は申告がなかったから診察しなかったというのはありえない話です。すねの傷を隠す必要があるならば、指の傷も自分で治療するなどして隠すのは容易だったはずだからです。

 

◇記録にないから「なかった」んでしょう!

これは愛媛県の獣医学部新設疑惑の記者会見に臨んだ加計学園加計孝太郎理事長の言葉です。この1年、メデイアを通してどれだけこの言葉を聞いたでしょうか?

 

「記憶にも記録にもない」というこの言葉は、真実を隠したい側が記憶はあやふやだが記録は確かだという意味を込めて使われています。そして真実を隠したい側には記録を捏造したり、消すことができることを私たちは目の当たりにしてきました。しかし、袴田さんを逮捕した当日、警察官には記録を消す理由は全くありません。50年近く「あった」とされてきた記録が「なかった」ことの意味は相当大きいものです。

一審の裁判はその時点では完治していたすねの傷の検証は行わず、暗黙の了解のもとで「あった」として審理されてきたからです。もし、逮捕当日に警察の全ての記録にすねの傷がないことを一審の裁判官が知っていたら、石見裁判長と高井裁判官は無罪を主張した熊本典道裁判官の説得をはねのけ、それでも死刑を押通したでしょうか?東京高裁の横川裁判長も「自供内容に相応するように」(確定判決)すねの傷があったと自信を持って言えたでしょうか?もし、たった1通の供述調書が採用されなければ、事件当日「あった」ことも証明できない信頼性のないこんな証拠で、無実であるかもしれない容疑者を死刑にすることなど、絶対にできなかったはずです。

 

◇最高裁は高裁決定の事実誤認を認め、直ちに再審開始を!

6月11日東京高裁大島裁判長は静岡地裁の再審開始決定を取り消し、再び袴田さんを死刑台に送ろうとする決定を下しました。この決定がいかにひどいものか、ここでは浜松袴田さんを救う市民の会が強く訴えてきた「すねの傷」に絞って検証しましたが、本田鑑定を否定することによって、検察の主張をそのまま代弁する独断と偏見の姿勢はすべての項目に一貫しています。たとえば5点の衣類の捏造の疑いに関しては、「自白(パジャマでの犯行)と矛盾する捏造を警察が行うとは考えにくい」と一方的に警察の側に立ち、ずさんな証拠の数々には「捜査機関が捏造するのであれば、もっとうまくやる」などと驚くべき屁理屈で警察の不祥事の尻ぬぐいさえしています。大島決定の背後にある『捜査機関が証拠の捏造などするはずがない』という思い込みは半世紀前ならいざ知らず、今では国民の誰もが信じてはいません。

 

そもそも確定判決にある『捜査官の推測に便乗し』という表現こそ袴田さんの無罪の証明です。犯行現場を知らない袴田さんは捜査官の言うとおりに従うしかなかったからです。同じ事実を見て黒とするか白とするか、これは大島決定にも言えることですが裁判官の見方によって大きく変わります。事実を真摯に見つめることではなく、先入観や偏見で物事を判断したら、決まった結論しか導き出されません。これでは裁判は必要なくなります。

「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則を無視し、数々の疑問にまともに答えようとしない高裁決定には重大な事実誤認があり、検察が「すねの傷」の確たる証拠を出せないこと、それだけで再審開始の要件を満たすものだと思います。

 

30歳で逮捕された袴田さんは82歳、弟の無実を信じ支え続けてきたお姉さんの秀子さんは85歳になります。残された時間は限られています。世界中の人々が袴田事件に注目し、歴史に残る裁判の行方は後世の批判にさらされることになります。

無実の人は無罪に!この当たり前の判決が司法自らの手で正されることを願ってやみません。

 

清水一人 (浜松 袴田巌さんを救う市民の会)

 

*1現在、市民の会のホームページは「袴田さん支援クラブ」のホームページに移行しています。

*2警察庁刑事局発行(昭和41年11月)留置場管理関係資料による

それによると、35歳、41歳、29歳の女性が密造酒所持、選挙違反、駐車違反で逮捕された際、ズロースまで脱がされる様子が詳しく記述されている。