最高裁の決定が出ました。正義が示された画期的な決定でした。

 

「原決定(高裁の再審開始を認めない決定)を取り消さなければ著しく正義に反するというべきである」(最高裁決定より)

主文

原決定を取り消す。

本件を東京高裁に差し戻す。

 

 

裁判は方向転換!「袴田さんは無罪」と言っているよう。

12月22日、最高裁は決定を下しました。その意味するところは、東京高裁の実質的「有罪」判断をひっくり返して、「袴田さんは無罪」という判断を示したということです。 再審制度上ではこの段階でいきなり「無罪判決」を出すことはできません。できることは、「再審開始」を命ずるか、もう少し慎重に「審理をもう一度やり直せ」と指示することです。

審理を担当した第3小法廷の5人の裁判官全員の意見が一致したのは、東京高裁が再審を認めなかったのは酷い、法律違反であるという点でした。そして「著しく正義に反する」とまで叱りつけ、高裁決定を取り消したのです。しかし、次の結論では意見が分かれ、3人が「高裁への差し戻し」(審理が尽くされていないとして、やり直し)を、2人が「再審開始」を自判(最高裁が直接判断)することを主張。3対2の多数決となり、決定は「差し戻し」となったわけです。

これからも再審無罪を裁判所が最終的に認めるまで、再審の闘いは続きます。その中で、最高裁判所のこの決定は生半可ではない影響力を放ち、静岡地裁が2014年に出した「再審開始決定」と等しいかそれ以上のインパクトを与えるに違いありません。

山が動いた!

この決定が出るや、袴田さん支援者や一般の方から「この決定をどうとらえればいいの?」「いい結果だったの?どういうこと?」と、お問い合わせが相次ぎました。ひとまずはご安心ください。無実の袴田さんの裁判は、2018年の東京高裁の不当決定で悪い方向に捻じ曲げられましたが、最高裁が今回方向転換させたのです。私たち支援者や弁護団にとって袴田さんの無罪は一点の曇りなく自明のことですが、いくらそう言っても裁判所が「無罪判決」の形にしてくれない限り仕方がありません。その点からすると、今回の事態は、日本の最高裁判所という大きな山が動いたということなのです。

しかし、「果報は寝て待て」というわけには行きません。裁判はまだ続きます。ここまで来ても最終的には勝てなかった経験があります。名張毒ぶどう酒事件では、最高裁の「差し戻し」に対して名古屋高裁が「再審棄却決定」を再び出し、それが最高裁で今度は認められてしまったという例です。45年前、白鳥・財田川決定という画期的な判例が出てから 死刑事件の再審無罪判決が相次いだのですが、それ以降は「再審の冬の時代」に逆戻り。近年は「再審請求」を却下する不当な決定がのさばっているかに見えます。

袴田事件でも、2014年の「再審開始決定」を受けて2018年に出された高裁決定は、まさかの「棄却決定」でした。この度の最高裁決定が逆風に負けることのないよう、「無罪判決」までち密にして大胆な法廷闘争を徹底すべきことは言うまでもありません。

最高裁の審理は、予測不能のブラックボックス

最高裁の担当は、最高裁の第3小法廷(林道晴裁判長)。弁護団は何通もの特別抗告補充書(最高裁への意見書)を提出して再審開始(再審無罪)を訴えてきました。ただ、最高裁での再審請求審(裁判のやり直しをするかどうかの審理)とは、普通の裁判(公判)とはやり方が全く違う。全くのブラックボックスです。再審請求審は地裁や高裁でも非公開なのですが、それでも三者協議(裁判官と検察官、弁護人の密室での協議)で論議ができた。しかし、最高裁では協議もできない。それどころか担当裁判官、調査官と面会すら拒否されてしまう。意見書を出すことしか許されない。調査官や裁判官が何を考え、審理がどう進んでいるのか、いつ決定が出るのか、皆目見当がつかないのです。

ですから、期待しながらも心配や不安な状態で、ただ待たされていました。しかも、先行して最高裁決定が出された大崎事件の場合、考えられないほどの不当な決定でした。なので、最高裁決定には、最悪の場合「再収監」(袴田さんが拘置所に戻されること)も想定しなければいけない。そんな心配をしながら、じらされていたのです。

最高裁決定は、3通り。最悪の場合、高裁決定を認めて再審開始を棄却する。あるいは、高裁への差し戻し。最善は、再審開始を自判(最高裁が自分で決める)する。再審が認められなければ「再収監」の可能性が浮かび上がるわけですから、最低でも高裁への差し戻し」を願っていました。

23日、事前連絡なしに「最高裁決定」が袴田ひで子さん宛に届きました。結果は、高裁への差し戻し。巖さんの再収監はなし。死刑の執行停止と、釈放も継続されます。ほっと一息というところです。その内容に立ち入ると、驚きです。「差し戻し決定」に賛成する意見と「再審開始」を自判すべきという意見がそれぞれ理由をつけて書かれていたのです。最高裁決定には、結論しか記載されていない「三行半」と呼ばれる手抜きの決定がよく見られますが、そうではない。おそらくは裁判官一人一人が真摯に取り組み、かなりの論議を経ての判断だということが伝わってきます。そして、正義が息を吹き返したかのような点が含まれているのです。その要点を説明します。

 3人の差し戻し意見と2人の再審開始意見

  1. 最高裁は、下級審の判決や決定について、「憲法違反があるかどうか」という点を判断するのみで、事実認定には触れないというのが法律上の建て前です。重大な事実認識の誤りがある場合のみ事実の審理に踏み込むのです。今回、事実認定の誤りに触れました。「犯行時の着衣」と認定されてきた5点の衣類を取り上げ、そこに付着していた血痕の色について「科学的な検討が不足している」と判断。高裁の決定を取り消した上で、その点をもう一度しっかりとやり直しなさいと、審理を差し戻したわけです。
  2. 5人の裁判官の結論は、高裁決定を棄却するということでは全員が一致、それ以外で意見が分かれました。もう一つの結論として「高裁への差し戻し」が3人。それに対して「自判して再審開始」を主張したのが2人。結局のところ、3対2の多数決で「差し戻し」とされました。再審請求審で意見が分かれることは異例ですが、それは先述したように、各裁判官が真摯に検討し論議を尽くしたことの結果です。むしろ、各裁判官の考え方が明瞭になっているという意味では、今後の審理に良い影響をもたらすのではないでしょうか。
  3. 取り上げられた争点は二つです。まずは先述した血痕の色についてです。多数意見は、高裁の再審棄却決定は5点の衣類に付着した血痕の色についての判断が「間違いとはいえな

    5点の衣類のステテコと味噌漬け実験のもの

    いまでも、専門的知見に基づく検討の必要性」がある。弁護側の花田意見書に検察側の反論もない。血痕の色から1年2か月も味噌漬けになっていたかどうか慎重に判断するには、審理が不十分というのです。それに対し反対意見は、血痕の色は不自然、としています。「高裁決定」は当時の古い写真からは色の違いが分からないというが、元従業員や鑑定書などから一年以上も味噌漬けになっていたのに血痕の色は「赤味」が強過ぎる。検察がやった味噌漬け実験の結果からもそれは明らか、としています。さらに進んで、元々「衣類が長期間みそ漬けにされていたことが当然視されていたけれども、かかる推定の明確な根拠が示されていなかった」。衣類を隠したのは「第三者による工作の可能性」とまで言及しているのです。

  4. DNA型鑑定の評価についても意見が分かれました。鑑定結果が確定判決に疑問をさしはさむだけの価値があるかどうかという点です。3人が本田鑑定にはそこまでの信頼性がないとし、2人は鑑定結果には問題があるものの、確定判決への合理的疑問として有効な新証拠であるとしたのです。全員が、高裁決定にある本田鑑定への不当な偏見、科学者としての資格や人格への非難について、これを批判。「あたかも本田教授が不正にデータや実験ノートを消去したかのように説示したのは、少なくともミスリーディング」と述べ、本田教授の科学者としての資質や能力についての名誉回復が図られました。
  5.  全体意見は、高裁決定に対する厳しい言葉での批判を含んでいます。多数派3人の場合、無罪方向での評価ですが、「差し戻し」という慎重で穏やかな結論を下しました。「再審開始」を主張する2人に至っては、静岡地裁の再審開始決定を下した村山裁判長の再来かと思わせる鮮やかな評価で、実質無罪を示唆しています。

ところで、再審においても「疑わしきは被告人の利益」とする原則、有罪立証に合理的な疑いがあれば再審を開かなければならないという最高裁判例を前提としなければなりません。そうすると、3人の多数派の理由を是としても結論は「再審開始」とすべきなのです。血痕の色についての審理を尽くすのは再審公判での課題とすればよいのですから。そうでなければ、いたずらに時間ばかりを費やすことになります。無実の人を救済するという再審制度の精神からしても、「差し戻し」は慎重さが過ぎるという批判が出るのも妥当なところです。

支援の力、世論の力

「絶望の裁判所」とまで元裁判官から酷評されている裁判所です。とは言え、今回の最高裁決定には、人権を護る砦である裁判所の役割を果たそうとする姿勢が見えました。2014年に出された静岡地裁の再審開始決定に続く画期的な決定となりました。「奇跡」とも言える判断の要因として裁判官の真摯な姿勢を先述しましたが、ある法学者がその強力な要因の一つとして挙げられたのは、袴田さんの裁判を「支援する力」でした。

袴田さんを応援する数多くの人々の熱意の広がりがクラウドファンディングを盛り上げました。それに触発されたマスコミの活発な報道もありました。アメリカのCNNやヨーロッパの報道機関から中東アルジャジーラに至るまでの報道で、世界規模で世論が高まりました。外国でも「袴田事件」を取り上げて日本の刑事司法の問題に警鐘を鳴らしているのです。

2018年、東京高裁が不当にも再審を否定した時、日本中から、世界から、ブーイングが巻き起こったことを裁判所は見ていました。世論の風向きが最高裁に向き、最高裁を監視していたことを知っていたのです。「いい加減な判断」はできない、誠実に取り組まなければ日本の裁判所は世界から信用を失い取り残されてしまう、そんな危機感があったと思われます。

今回の決定に対してもマスコミは大騒ぎ、世論は東京新聞・中日新聞の「早く無罪を言い渡せ」という社説に代表されています。外国からも報道陣が次々と取材に訪れています。支援者からの声が続々と届いています。この大波は「再審無罪」になるまで止むことはないでしょう。

弁護団の活躍はもちろん、皆様のご支援が力になった今回の最高裁決定でした。今後とも支援の輪を広げていくことが、袴田さんのえん罪を雪ぐことに貢献し、さらに他のえん罪事件へと波及していくに違いありません。日本の司法に人権と公平さをもたらすための歩みを支える風土が培養されて行く。そう期待し確信しています。

今後とも引き続きご支援くださいますようお願いいたします。

 

 

 

23日に行われた弁護団記者会見の様子を『袴田チャンネル』にアップしました。