2023年3月20日、再審請求が叶いました。

3/13に東京高検が再審開始を決定。

3/20に東京高検が最高裁への特別抗告(不服申し立て)を断念。

これで再審請求が認められ、再審公判に舞台が移ります。

再審とは、裁判をやり直すということです。確定された判決に間違いがあった場合、無罪なのに犯人とされた人を救済するための制度。

袴田巖さんは、無実を訴え続けて半世紀、ようやくその主張が裁判所によって認められようとしているのです。

言い換えれば、東京高等裁判所は1968年9月11日に静岡地裁が出した有罪死刑判決が誤判(間違えてしまった判決)だったということを認めたということです。

それで、裁判をやり直すことを決定したのです。

日本の再審制度は、2段階に進められます。

まずは、再審請求を認めるかどうかの段階があります。これは弁護側が新らしく発見された証拠を出さなければなりません。

もしその新規証拠が裁判の当初から出されていれば、その他の証拠と総合して評価した場合、有罪判決にはならなかったであろうという判断に至れば再審請求が認められます。

そして次の段階の裁判、これを再審請求審に対して再審公判と言います。

再審請求審は、たいてい非公開ですが、再審公判はその名のとおり公開の法廷で進めらるのです。市民が傍聴することができます。

この再審公判で無罪判決が出ると、晴れて無罪となります。

再審請求審と再審公判とでは、前者が重くてなかなか通過できない。気の遠くなるような時間がかかる(袴田さんの場合は、死刑判決が出てから55年)のが通例。

再審請求が通って再審公判になると、かんたんな儀式で終わり、最終的に無罪が決まる。そういう仕組みになっています。

現時点は、再審請求が認められたところですが、事実上、再審無罪が決まったようなものです。

今後は、静岡地裁で再審公判が開かれます。

戦後の死刑えん罪事件で再審無罪となるのは、袴田事件が5例めです。

ここまで到達できたのは、国民の皆様がこぞって応援してくれたおかげです。

検察は世論に屈して高裁の再審開始決定に異議申し立てを断念したのですから。

皆さまのご支援に、心より御礼申し上げます。

袴田さん支援クラブ

 

声明 ―――― 袴田巖さんは、事実上、雪冤を果たした。

 

2023年3月20日

袴田さん支援クラブ

2023年3月13日、東京高裁は袴田事件の再審開始決定を下した。決定は完璧に弁護側に軍配をあげた。痛快な驚きとともに心を撃たれたのは、我々ばかりではなかったであろう。決定は「確定死刑判決」とそれを支持し補強する検察官の有罪主張を一つひとつ丁寧に否定し、さらに捜査当局による証拠のねつ造を示唆。半世紀近くにわたって死刑囚とされ、国家によって過って殺されるところであった袴田巖さんの生命を救った。東京高裁刑事二部・大善コートは、人権の守護者として公平な判断を下す正義を貫いた。それには圧力に負けない不抜の勇気と並々ならぬ能力がなければ実現できなかったことだ。その決定を、その精神を、我々は心から讃えたい。

さらに決定書を読み込むと、検察官が最高裁へと特別抗告するだろうことを予測し、その意図に対して悉く釘を刺しているのではないかと思われるような緻密な叙述であることがわかる。もとより、最高裁が差し戻した審理であるからしてその意向に沿った結論があれば十分と言えるが、全般的な争点を取り上げていることもその証左と言えよう。そこまで行き届いた判断を突き付けられたことを、検察官は気づいていたであろう。

そして、袴田事件弁護団の粘り強く果敢な法廷闘争をも讃えたい。何故ならば、日本の司法制度では裁判官が直接捜査することはない。検察が捜査して有罪の証拠を法廷に差し出し、弁護側がそれへの合理的な疑問を提起する。その闘いをジャッジすることだけが裁判官の役割となっている。その制度上、裁判官が取り扱える素材は検察官と弁護人が提出した証拠と主張のみである。検察官の出した証拠と主張が合法で説得力がないと有罪判決は書けない。同様に、弁護人が優れた反論を展開できないと無罪判決は書けないのだ。

今回の決定の根拠となったのは、根本的には巖さんが元々無実だという事実であるが、弁護団の粘り強い気力と高い能力であった。我々は、それをつぶさに見てきた。弁護団をバックアップした法医学者や支援者の寄与もあったことも付け加えておきたい。

今回の決定はおよそ半世紀にわたる経過を辿っての着地点である。国民に説明がつかないほどのあまりにも長期間にわたる手続きであった。えん罪被害者の袴田巖さんは心に深刻な傷跡を残したまま87才。支えている姉のひで子さんは90才を数える。長きに過ぎた裁判の中で、ひで子さんの闘う姿勢を特筆すべきである。ひで子さんの何にも負けない毅然とした姿がマスメディによって報道され、国民的共感を呼びこんだといえよう。

そして検察官の勇断、最高裁への特別抗告を断念するという事態に至り、再審公判に歩を進めることとなった。袴田巖さんは、事実上、再審で勝ち雪冤を果たした。津波のごとき袴田さんを応援する世論の波に、検察官は軍門に下った。事件に注目する全世界の人々とともに、我々はこの世紀の歴史的瞬間を目撃したのである。国民の皆様とともに喜びたい。

そして、袴田事件という世紀の死刑えん罪の悲劇は、日本の刑事司法を改革する教訓としなければならないと考える。