袴田事件再審第3回公判傍聴記―こうやって冤罪は作られる

なかがわまお

2023年11月20日(月)、静岡地裁にて、袴田事件再審第3回公判が開かれた。

 

前回はあいにくの雨だったが、この日は見事に快晴。

支援者たちも意気揚々である。

 

◎9:45 当選番号発表

 

見事当選!

今回は27席に対して108人が並んだということで、倍率はぴったり4倍。なかなかの強運である。

 

今回は検察側からの「5点の衣類」についての立証ということで、どんな論理を展開してくるのか、鼻で笑ってやろうと楽しみにしていたのだが……、ほとんどうまくついていけなかった。

 

いや、理解ができなかったわけではない。一応事件の知識はそれなりにはあるので、一つ一つが明らかにおかしいことはわかる。

しかし、検察官に堂々とした態度で捲し立てられると、何だか全体としての一貫性や説得力を感じて、“検察がそんなことをするはずがない”という言い分をすっと納得してしまいそうになるのである。

 

だんだん検察側のペースに乗せられ、反論する気力すら奪われ、何だかパラレルワールドに迷い込んでしまったかのように、どんどん気が狂っていく。

 

しかも、法廷内はずっと蒸し風呂のような暑さ。閉廷まで耐えただけでも自分を褒めたい。

 

今メモを読めばいろいろと指摘できるのだが、法廷内では何が何だかわからなかった。これはあの場にいた人にしかわからない感覚だと思う。

これが検察の底力なのだろうか。

 

これを毎日取調室で続けられたら自白してしまうなと思った。

重要なのは内容ではなく、検察官という威厳だけで充分なのかもしれない。

こうやって冤罪が作られていくのかもしれないな…とぼんやりとした頭でずっと考えていた。

 

それではここから傍聴記です。

 

【袴田事件再審第3回公判傍聴記】

 

◎11:00 開廷

 

検察官は前回同様、神経質そうなメガネの男性、目がぎょろっとしたメガネの男性、若い華奢な女性の3人。

弁護団はおそらく13人とひで子さん。

 

◎検察側冒頭陳述

神経質そうなほうのメガネの男性検事が、淡々と文面を読み上げていく。

 

今回の主張は「みそ工場の1号タンクから(事件から1年2カ月後に)見つかった5点の衣類は、被告人が犯行時に着用し、犯行後にみそタンクに隠したものである」ということ。

 

1年2カ月間もの間発見されなかった理由は、タンク内は薄暗く、ビニールシートが被せてあったために「誰も気付き得ない」上に、また工場側からの強い要請によって「みその中までは調べていない」、ということである。

 

そして今回の主張の概要は、

(1)5点の衣類が犯行着衣である

(2)5点の衣類は被告人のものである

(3)被告人が犯行時に5点の衣類を着用していた

(4)被告人が5点の衣類をみそタンクの中に隠した

(5)5点の衣類がねつ造だという弁護側の主張は非現実的で実行不可能

の5点。1点ずつ説明が行われる。

 

(1)5点の衣類が犯行着衣である

 

検察側の主張は、

①血の付き方や破れ方が自然

②血液型が被害者と合っている(一番抵抗されたであろう専務の血液型であるA型が多くついている~など)

 

だけ……!?

ここが一番重要な部分だと思うのだが、驚くほどあっさりと終わった。

 

(2)5点の衣類は被告人のものである

 

①袴田さんの衣類に酷似している

衣類を1点ずつ取り上げて、従業員らが証言する特徴との比較や、製造元や販売店など購入ルートなどを長々と説明していた。

「酷似している」からといって、「袴田さんのものである」証拠には全くならないのに。

 

②袴田さんの実家から共布(ズボンの裾を切り取った布)が見つかった

 

袴田さんの母・袴田ともさんの証言が都合よく使われている印象。

 

警察が共布を見せたとき、ともさんは「巖のものだと思う」と説明している。

その後の取調べでは、ともさんは「こがね味噌から送られてきた荷物の中に布が入っていた」「引き出しにしまっておいた」「共布だと言われれば、そのようにも見える」などと供述した。

しかし確定審では、ともさんが「はっきり覚えていない」と証言したことを、嘘をついているかのように説明した。

 

見覚えのない共布が、いきなり家の中で見つかったと言われた母親の供述は、はたしてどれほど信用性があると言えるのだろうか。

 

そもそも、共布が本当に実家にあったとしても、ズボンが袴田さんのものである証拠がない以上は、この共布も袴田さんと結びつかないのであるが。

 

③緑色パンツは袴田さんの母親が買ったものである

 

見つかった緑色パンツは「ムーンライト」という商品名のものである可能性が高く、母親の袴田ともさんは、緑色のパンツを地元の衣料品店「清水屋」で購入して巖さんに送ったことがあり、「清水屋」は「ムーンライト」を扱っていたため、つまりこれは「ムーンライト」である可能性が高い……とのこと。

 

「ムーンライト」と「可能性」という単語ばかりが耳につく。直接的な証拠はなし。

 

④事件後に誰もこの衣類を見ていない

 

実は緑色パンツは、事件後に実家に送られてきた衣類の中に入っていて、次兄が弁護士を通じて差し入れしようとしたところ断られ、次兄の家で保管されていたのである。

 

それは確定審で証拠として提出されたのだが、「信用性がない」と切り捨てた。

 

5点の衣類の一つとして緑色のパンツが報道に出たとき、次兄と母親、姉のひで子さんらはこれはねつ造だ、と喜んだらしいが、未だに嘘だと言われているのである。

 

また他の5点の衣類は証拠として提出されていないことや、従業員が事件後にこれらの衣類を見ていないという証言も理由として挙げられた。

 

◎12:05~13:10 休廷

 

(3)被告人が犯行時に5点の衣類を着用していた

「シャツの右肩に血痕と穴がある」こと、「袴田さんが右肩を怪我していた」ことからも、被告人が犯行時に着ていたと言えるとのこと。

 

〈争点〉として、上に着ていたシャツの穴は一つで下に着ていた半袖シャツの穴は二つである点や、穴の位置が合っていないと弁護側が主張している点を挙げた。

そして〈留意点〉として、様々な場合があるから不自然ではない、むしろ弁護人は物事を単純化している、と切り捨てる。

 

また、元々犯行着衣とされていたパジャマの右肩にも穴と血液反応があるという〈争点〉に対しての〈留意点〉で、被告人が怪我の位置に合わせてわざと穴を開けた可能性もある、だとか。

え、それは暴論すぎないか?

 

あとあの、最初から「争点と留意点」のコーナーあったんですけど、「留意点」って何なんですかね?

 

(4)被告人が5点の衣類をみそタンクの中に隠した

事件後に5点の衣類をみそ工場内で隠す必要性に迫られたとき、袴田さんが自分の作業スペースであったみそタンク内に隠すことは「自然な発想」だと言うのである。

 

え!?いつかは絶対に見つかるみそタンク内に隠すのが自然な発想!?

しかも近くにはボイラー室があったのに……?

 

そしてまた争点と留意点のコーナー。

 

事件当時の1号タンクのみその量について、弁護側は80kgと言うが、実際は160kgか200kg、少なくとも衣類を隠すのが可能なほどはあったという。

このタンクには、8トン以上のみそが入るので、80kgも200kgも誤差みたいなものだと思うのだが。

 

また事件後の7月4日の警察の捜索で発見されていたはずだという点は、隠された時期が7月4日から仕込みが行われた7月20日までである可能性もあることや、捜索の際に工場側からみその中は捜索しないでほしい、上から見るだけでいい、と強く要請されたことを挙げる。

 

(5)5点の衣類がねつ造だという弁護側の主張は非現実的で実行不可能

 

やはりここに一番力が入っていてボリュームたっぷり。

ある程度納得はできる言い分ではあるが、綺麗に言葉だけを並べていて、薄っぺらい……という印象。

 

ほとんどが「もしねつ造なのだとしたら」という仮定のもとに話されている。

 

偏見かもしれないが、「したかどうか」に対して「仮にしたとすれば~」と答える人はだいたい嘘つきなイメージ。あと「わざわざそんなことする理由がない」って言う人もだいたい嘘つき。

※あくまで偏見です。

 

まず、弁護側のDNA鑑定は信用できないこと、衣類の血痕に赤みは残り得ること、弁護側のねつ造だという主張には根拠がないことを挙げて、ねつ造疑惑は真っ向から否定。

 

ねつ造が非現実的で実行不可能である主張は以下の7点(!)。

 

①袴田さんのものに似ている衣類を用意するのは難しい

 

用意するには事前に従業員に詳しく特徴を聞く必要があるし、同じ特徴で使用感のあるものを用意するのは難しい。また、ねつ造するなら元の衣類を処分する必要があるが、それも難しい。

 

②販売ルートに矛盾がない

 

ねつ造だとすれば販売ルートや製造時期などに必ず矛盾が出るのにもかかわらず、警察が詳しく捜査をしている。

 

③警察がみそ工場に隠すのは難しい

 

みそ工場に侵入するのも工場側に協力してもらうのも非現実的だし、隠せるタイミングは2週間にも満たない期間で、その間にこれほどの準備をするのは難しい。

 

④ねつ造だとすれば、共布に関する母親・袴田ともさんの証言は警察にとって都合が良すぎる(?)

 

この理論はよくわからなかったのだが……。

死人に口なし状態でともさんの発言の揚げ足をとって、娘であるひで子さんの前でよく言えるな、と心が痛んだ。

 

⑤わざわざ5点もの衣類を用意する必要がないし、ねつ造ならもっと上手くするはず

 

5点も用意すれば矛盾が多くなる危険性があるし、弁護側が指摘する血痕などの偏りは意図的に作る理由がなく、むしろ犯行着衣であることの証拠になる。

 

これは確かに一理ある。ねつ造にしてはいろいろと下手すぎるからだ。

しかしこれが確定審で採用されて、死刑判決が下されたのが現実なのである。

 

⑥5点の衣類が犯行着衣であることは、自白(犯行着衣はパジャマ)と矛盾しているから、当時の検察の考えに反する

 

5点の衣類が発見された1967年8月時点の裁判では、ねつ造をしなければいけないほど検察側は追い込まれていなかったし、むしろねつ造によって自白の信用性が失われる危険性があるので、ねつ造する理由がない。

 

⑦ねつ造はリスクが高すぎて非現実的

 

袴田さんのものに似た衣類を探し、血痕や損傷をつけ、みそタンクに隠し、実家に共布があったように偽装する、といった一連の行為は大規模すぎて非現実的だし、判明すれば検察・警察の信用が失われるため、リスクが高すぎて考えられない。

 

以上で冒頭陳述は終了。

凄い。根拠も何もないほとんどただの意見を、こんなにもだらだらと法廷で話せる勇気に尊敬。

 

この時点ですでに14:20。しかし実際の時間以上に長く感じた……。

 

◎検察側立証

 

(1)5点の衣類が犯行着衣である

若い女性検事の登場。嫌々やっているのかなと同情していたのだが、まるでNHKのアナウンサーのような堂々とした話し方。

 

当時のみそタンクや工場内の画像、工場内の見取り図、調書などを出しながら、当時の捜索状況などについて丁寧に説明していく。衣類の血痕の付着状況についても画像を出して説明。

 

◎14:50~15:20 休廷

 

(2)5点の衣類は被告人のものである

ぎょろっとした目のメガネの男性検事が登場。見た目とは裏腹に声は優しげ。

 

袴田さんの衣類に“酷似”していることを、当時の証言を大量に読み上げて説明していく。

 

袴田さん自身は「似たようなものを持っている」「自分のものかどうかまではわからない」「自分のものならクリーニング屋が名前を入れている」などと証言している。

しかしクリーニング屋は、「袴田さんが持ってきた記憶はない」「名前を入れたことはない」と証言している。

その後、従業員の「似たような衣類を見たことがある」「袴田のものに間違いない」「事件後は見ていない」というような、ほとんど同じ証言が何十人分か続く……もういいって!

 

だから、「酷似している」=「袴田さんのもの」にはならないでしょ?

だいたい、なんで他人の服の小さい特徴まで覚えてるの?

なんで他人のパンツを見て「間違いない」って言えるわけ?

 

次に、購入ルートの捜査、家宅捜索の流れなどの、警察の調書を読み上げていく。

あの、検察が警察の作った調書を証拠として使うのって何の意味もないのでは?

 

そして袴田さんがズボンを穿けなかった点について、糸密度だとか収縮率だとか説明している中で、しれっと、ズボンのタグの「B」の表示は「生地の色」、「Y」は「痩せている人用のサイズ」を示すと言った。

あれ?ずっと「B」は肥満体用のサイズだと主張していたのではなかったのか……?

 

また、確定審での次兄への証人尋問を読み上げ、質問に対して黙ってしまった部分を「次兄、沈黙」と何度も繰り返して強調。

何だか、そんないじめみたいなことして楽しいんですかね。

 

(3)被告人が犯行時に5点の衣類を着用していた

 

また女性検事の出番。

 

袴田さんの右肩の怪我と、衣類の右肩の穴の位置について調書や画像で説明していく。

その中で、またしてもしれっと、検察が行ったみそ漬け実験の結果、茶色く染まった布の写真が出されて、軽く流して一瞬で消された。

あれ、幻……?布の色の話には触れられることはなかった。

 

17:00 閉廷

ここで17時になり裁判官により閉廷が促される。

 

小川先生がすっと立ち上がって、「衣類の色について触れていないが、また改めて触れるのか」と質問する。先生も疲弊されていたのか、いつになくきつい口調。

検察官は若干しどろもどろになりながら、年明けには触れるとして、17時すぎに閉廷。

 

お疲れさまでした、私含め皆様。

……本当に疲れた。体力も気力もすべて持っていかれてしまった。

 

ひで子さんが第2回公判を「裁判らしい裁判」と評した意味が分かった気がする。あそこには、何か明らかに異常な空気があった。

 

さすがは検察である。

堂々とした口調には、いくら矛盾点があろうと受け入れてしまうような圧倒的な威圧感があった。そして都合の良い部分はうんざりするほど長く話すのに、都合の悪い部分は一応触れはするが一瞬で終わらせる高等テクニック。

検察は悪を裁くヒーローである一方で、天才的な冤罪職人にもなれるのだ。

 

◎17:20頃~弁護団記者会見

 

最初にひで子さんが、「母親は嘘を言うような人間じゃない」「母も兄も頑張ったから、今の再審開始がある」と述べ、「これじゃ冤罪はなくならない」と悔しさを滲ませていたのが印象的だった。

 

検察側が立証に力を入れるのは構わないのだが、すでにこの世にいないご家族を都合よく利用するのは、あまりにも残忍だと思ってしまう。

 

小川弁護士は、検察側の主張は弱いところばかりだと指摘し、「枯れ木も山の賑わい」と表現した。特に5点の衣類が犯行着衣であるという立証の薄さや、衣類の色についての説明不足があり、ある意味で安心と述べられた。

 

西嶋弁護団長は、「警察がそんなひどいことはしないなんて、よく白々しく言えたものだ」と呆れる。

県民として恥ずかしいことだが、静岡県がいかに冤罪大国であるかは周知の事実である。

 

今後の弁護団の方針としては、5点の衣類一つ一つやその他矛盾点などを丁寧に突いて、ねつ造以外にあり得ない、という方向を目指すようだ。今回の検察の主張は弱い部分が多く、「十分に反論できる」とのことである。

 

◎18:30頃、記者会見終了。

今回の検察側の主張を受けて、弁護団がどのように反論していくかが楽しみである。

 

第4回公判は12月11日(月)、検察側立証の続きと、弁護側反証が行われる予定。